Update:June 20,1999
新教育課程に対する数学・物理・化学系諸学会の見解
1999年3月12日
(社)応用物理学会 日本応用数理学会 (社)日本数学会
(社)日本数学教育学会 (社)日本化学会 (社)日本化学会化学教育協議会
(社)日本物理学会 日本物理教育学会 (五十音順)
昨年12月に小学校・中学校の新学習指導要領が告示され,また,この3月1日には高等学校の新学習指導要領案が発表された.今回の改訂は,平成14年度より一斉に実施される完全学校週5日制の下で「ゆとり」と「特色」のある教育を行い,「自ら考える力」の育成を目指したものとされている.我々も,これらの理念が早急に実現されることを願う.
一方,21世紀の日本における科学技術の発展と世界への貢献を考えるとき,教育水準の維持はきわめて重要である.さらに,この科学技術時代にあっては,すべての人々が十分な科学的素養を身に付ける必要がある.しかし近年,自然科学の学力が著しく低下し,その影響は大学にも及んでいる.我々は,初等・中等教育における科目配当時間の削減と学習内容の減少により,学力が一層低下するのではないかとの強い懸念を抱いている.算数・数学および理科教育に関し,文部省・各地教育委員会・学校(大学を含む)等の教育関係機関が,以下に述べる諸方策を適切にとられることを望むものである.
我々,数学・物理・化学系諸学会は,大学・大学院,高等専門学校,初等・中等教育機関に所属して教育と研究にたずさわっている教員のみならず,国公立研究所や産業界において最先端の科学技術の研究・開発に従事している会員をも多数擁している.こうした豊富な人材により,次代を担う児童・生徒に,数学ならびに科学技術の成果の一端を伝え,知的好奇心を喚起すべく,新教育課程の理念の実現に向けて行政と連携をとりつつ協力することを惜しまない.
1.算数・数学,理科の時間の削減は遺憾である.
新学習指導要領において,初等・中等教育における算数・数学と理科の授業時間数が削減されたことは,われわれのかねてからの要望に反するものであって,遺憾である.問題解決能力を育成し創造性を培う「考える教育」は,在来教科においてこそなされるべきもので,そのためには十分な学習時間が必要である.配当時間の減少は逆に,数学・理科教育をさらに暗記に偏重した教育へと追いやることになる.とりわけ,科学的・論理的思考力を身に付けなければならない中学校段階での悪影響が懸念される.出来るだけ早い機会に配当時間の回復を望む.また,教育現場においては,学力維持のために選択教科学習の時間,学校設定科目などを積極的に活用することを期待する.
2.個性を生かす教育のため,規制の緩和を望む.
新学習指導要領での算数・数学,理科の学習内容は,科学技術分野で将来活躍する児童・生徒に要求されるものとしては,明らかに不十分である.この内容は,「算数・数学,理科などは,新授業時数のおおむね8割程度の時数で標準的に指導しうる内容に削減する」との教育課程審議会の答申にもとづいているが,この趣旨を生かし,さらに児童・生徒の興味関心に応えて,より広く,より進んだ内容を学習させるには,それぞれの学校での実情に即して多様な教育が行われなければならない.このためには,行政からの画一的な規制は行わず,教師の自主的な教育活動や実践研究活動を尊重し,かつ保証する必要がある.
3.「総合的な学習」は科学的視点を取り入れるべきである.
新たに設けられる「総合的な学習の時間」では,「自ら考え,課題を解決する」能力を培うとの趣旨を真に生かすべく,算数・数学,理科などの内容を基盤に置き,数量的取り扱いと科学的視点を取り入れる必要がある.このような関連付けを通して,在来教科で学習する内容が「生きた知識」となり,さらなる学習と問題探究への積極的関心を生むことが期待される.
4.教科書検定は最低限度にとどめることを望む.
児童・生徒の「個性を生かし」「多様性ある」教育を実施するためには,教育現場における創意工夫のための十分な余地が保証されていなければならない.そのためには,多様な教科書の存在が不可欠である.教科書検定に際しては特にこの点に留意し,教科書の内容をせまい枠内に限定することがないように望む.また,教科書を補うすぐれた副読本を現場の実践のなかから生み出していくよう努力する必要がある.
5.十分な自然科学の素養,専門的知識をもつ教員の養成に力をいれるべきである.
初等・中等教育における算数・数学,理科の授業が生き生きしたものであるためには,小学校教育を担う教師が十分な自然科学の素養を持ち,中学・高校教師が十分な専門知識を持たなければならない.しかしながら,大学への受験指導に際して,小学校教員養成系学部は文科系と位置付けられており,数学や理科の十分な習得は要求されていない.さらに,今般の教育職員免許法の改定により,「教科指導」の必要単位数は半減した.新任教師が,各専門教科の知識が不十分なまま教育現場に赴かざるを得ない事態の生じることを危惧する.教員養成課程における数学・理科教育の充実と教師の再研修制度の積極的な活用を望むものである.
6.生徒の個性に応じた教育を可能にするため,教育環境の速やかな充実を望む.
新しい教育課程の理念,特に子供達の創造性の育成と個性の尊重のためには,教師のきめ細かい指導はもちろんであるが,教具・教材の充実も欠かせない.一学級20人程度を標準規模とする学級編成を可能とする教育環境を実現し,さらにまた実験・実習のための教具とスペースの一層の充実をはかるべきである.また新教育課程においては教科・科目の選択制が拡大されたが,それを現実のものとするためには,さらに多くの教員と教室の数が必要である.我々国民も,こうした知的投資のための負担を惜しむべきではない.
7.大学等の高等教育機関においても新教育課程への対応を準備すべきである.
高等教育機関においても,質の高い理工系専門教育のみならず,すべての学生が科学的素養を身に付けるための教育が求められている.そこで,大学等の高等教育機関に対しては,入学試験が中学・高校教育の現場に及ぼす影響に留意するとともに,学習指導要領や学生の変化に対応したカリキュラムの編成・授業方法等を十分に検討していくことを望む.
当連絡会は1999年8月「理数系教育問題学会連絡会」と名称が変わりました.
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