学会賞・奨励賞関連

両生類の多様性、自然史および保全に関する研究

京都大学大学院人間・環境学研究科
松井正文

● 略 歴
1972年   信州大学繊維学部卒業
1974年 京都大学大学院動物学専攻修士課程修了
1975年 京都大学大学院動物学専攻博士課程中退
1975年 京都大学教養部助手
1984年 理学博士(京都大学)
1987年 京都大学教養部助教授
1991年 京都大学大学院人間・環境学研究科助教授
1998年 京都大学大学院人間・環境学研究科教授 現在に至る
2001年〜  日本爬虫両棲類学会長

 
1)はじめに
 私は小学校に入る前から蝶の収集にはまっていましたが、ヒキガエルやハコネサンショウウオのような、子供には出会う機会の少ない両棲類も大好きでした。高校生の頃、中村・上野先生の図鑑を入手し、もっとも気になったのが、ヒキガエルの項でした。かつてはいくつもの亜種に区分されていたが、せいぜい北東部と西部の2亜種を認めればいいだろうとか、ヨーロッパヒキガエルの種小名がずっと古い形で使われていたという記述などに強い興味をもったのです。大学受験にあたって昆虫学をやるか、両生類学をやるか悩んだのですが、結果的には受験に失敗して、大学時代は故郷で昆虫採集に熱中しました。大学院に入るとき、指導教官の田隅先生から、背骨のない動物には責任が持てない、と言われなかったら、オサムシの地理的変異の研究をしていたかも知れません。私は即座にヒキガエルの地理的変異の解明と分類の再検討をしたい、と申し出たのですが、修士課程では堅実なテーマを、ということで無尾類の後肢筋の比較形態を調べることになり、その合間に全国各地でヒキガエルの採集を行いました。

 

2)多様性の研究
 種多様性と遺伝多様性は、とくに分類学の研究では切り離せないものです。ヒキガエルの地理的変異を調べて分類学的結論を得るには、まず1個体群内での性や成長に関連した変異を押さえておく必要があると考えました。幸いにも当時は市内伏見区にヒキガエルがたくさんいる場所があったので、そこで採集された個体をこの目的に使いました。当初から、分類学的判断はできるだけたくさんの証拠を集めて、総合的見地からしようと思っていた私の最初の論文は、動物学雑誌に掲載された耳腺分泌物質の変異に関するものでした。地理的変異の調査のため、全国のヒキガエルを集めようと計画したのですが、旅費・生活費稼ぎの定期アルバイトと両立させるため、長期不在ができないというジレンマがありました。東北山地で記載されたヤマヒキガエルが奈良・三重にまたがる大台ヶ原にも記録されていることを知り、近場で済むなら、と向かった奈良県側で発見したのがナガレヒキガエルでした。渓流にすむ口の大きな幼生を調べ、岐阜県での追加調査でふつうのヒキガエルと同所分布することを確認して新種と判断し、記載を行いました1)。ヒキガエル類の分類のもう一つの問題はヨーロッパ産との関係でしたので、各国の研究者と連絡をとって生体を入手し、交雑実験を行って日本産が遺伝的に独立種であることを確認しました。できるだけ多くの形質を見ようと染色体などにも取り組んだ結果、ヒキガエルの形態計量解析に基づいた分類の結論をまとめ、学位を取得するのには随分時間がかかってしまいました2)。一方、各国の博物館から借用し、同時進行で調べていた中国産のヒキガエルの分類もまとめることができました。他のカエル類については、ダルマガエルの正しい学名を指摘したり、ナガレタゴガエル、エゾアカガエル、ハナサキガエル種群3種の記載3)も行いました。国外に手を広げ、東南アジアの調査を始めたのは1979年で、それ以来、科学研究費補助金のお世話になっています。形態を中心に調べるのと同時に、野外で苦労して録音したカエル類の鳴き声を解析して隠蔽種の存在を突き止めてきました4)。

 小型サンショウウオ類の記載も行いましたが、これらは外見が既知種に似ているのでアロザイム分析の結果無しでは判断に迷うものでした。もっとも最近命名したアカイシサンショウウオは標本を入手するのが困難だったため、初めて見た時から記載するまでに26年もかかってしまいました。今でもアロザイム分析は有効と考え、実施していますが、時流には逆らえず、最近はDNAを調べる機会が多くなりました。その結果、アカガエル類のように形態的に酷似し解析の困難な群での系統推定と5)、分類の再検討が可能となりました。また、長い間、東南アジアから琉球まで広域分布する単一種とされていたヒメアマガエルの日本産個体群は独立種であることも分かりました。

 日本の両棲類にはまだまだ未知の事実が残されています。最近天草諸島で見つかった小形サンショウウオは、予想もされなかったオオダイガハラサンショウウオの近縁種でした。また広域分布種とされているブチサンショウウオは、形態変異と分子系統の解析から2種に区分されるべきことも分かってきました。DNA解析に基づく年代推定の結果、琉球列島中部のみに分布するイシカワガエルは、かなり古い時代にこの地域に侵入した遺存種であること、琉球から台湾にかけて分布するハナサキガエル種群は、それより後に侵入したことも推定されています6)。

 私がこの30年間に記載したのはサンショウウオ科1属4種、ヒキガエル科2属2種1亜種、スキアシガエル科3属4種、アカガエル科3属11種、アオガエル科1属1種の合計10属22種1亜種で、それらの分布域は日本、韓国、中国、タイ、ボルネオ、ネパール、ベトナムにまたがっています。この合計種数は、いま世界から知られる両棲類の1%に満たないものですが、中南米などと違ってすでによく調査された地域からの記録ですから、それほど成績が悪いとは思いません。しかし、分類を志し、手元にまだ確実な未記載種を少なからず抱えながら、年に1種も記載できないのは、相当確実な証拠が揃わないとその気にならない私の保守的な性格によるもので、いつも反省しています。

 

3)自然史の研究
 私は生態学や行動学そのものを研究する余裕はないのですが、自然に近い分類をするには、種内での生活史変異を突き止めておくのが理想と思っています。ヒキガエルの体の大きさに見られる変異がなぜ生じるのかを考えるには、年齢や寿命を問題にせざるを得ないのです。ヒキガエルの生活史にはとくに興味があり、野外でデータを蓄積した結果、東西に長い日本列島では8月の盛夏を除いては、どこかでヒキガエルが繁殖していることが分かり、卵の直径や変態個体の大きさに見られる変異が繁殖時期に関連していそうなことが推察されています。ダルマガエルの繁殖期が長いことに着目した定期調査から、1匹の雌が複数回産卵することが分かりましたし7)、ヒダサンショウウオの東京産と京都産に見られる体の大きさの違いは、幼生が越冬するかどうかで決まることも分かりました8)。また、気温の年変動が少なく、顕著な休眠をしない熱帯のカエルでも長骨に年輪が認められ、雨季と乾季が関係することが予想されました。トノサマガエルの胃内容と、生息地周辺にいて餌となり得る動物の季節変動には相関が見られ、カエルは動くものなら何でも食べると言う、昔からの考えが正しいことも分かりましたし、長い繁殖期をもつアマガエルの雄は、繁殖期の後になるほど餌を食べ、エネルギー補給することも分かりました。

 

4)保全の研究
 日本の両棲類マクロ生物学者の数は微々たるもので、分類を志す私も無関係ではいられません。1977年に環境庁(現在省)の分布調査に関係して以来、保全や保護の関係に費やす時間は飛躍的に増加し、レッドデータブックの作成や改訂ばかりでなく、河川や道路の問題にも関わることになってしまいました。最近、外来種オオヒキガエルは駆除対象となりましたが、これは南大東島にこの種が分布することを初めて報告した30年前には思いもよらなかったことです。日本本土産のカエルの中で唯一、レッドデータブックに掲載されているダルマガエルの年齢査定や胃内容の調査から、この種が本来大きな再生産の潜在力をもちながら、水辺に固執する習性のために環境破壊の影響を受けやすいこと10)、水辺に接した環境が摂食場所として重要なことも分かりました。しかし、種の自然史の研究から知り得た事実を、どう保全に活かすか頭をひねることばかりです。事故死したオオサンショウウオにはアロザイム変異が見られなかったので9)、DNAレベルでも調べているのですが、近畿の個体群間ではまだ変異が見つかりません。だからと言って、この結果から個体の移植には問題がない、などと軽卒には言えないのです。

 

5)おわりに
 カエルやサンショウウオ好きの仲間を増やさねばなりませんから、私はこれまで研究の成果を一般に公開する努力もしてきました。さいわいにして、両生類の教科書11)やカエルの新書本に興味を持って下さる読者がおられるようです。爬虫類にもかなり力を入れたのですが、最近は余裕も力もないので足を洗いつつあります。カエル類については一応の総括を終え12)、海外の論文でも頻繁に引用してもらっています。しかし、まだサンショウウオ類の分類の体系づけには至っていません。当面の目標は、いま手持ちの標本を整理し切り、成果を埋もれさせないことです。私を含む分類学者の仕事は、華々しくなくても良いと思っています。記載命名の成果は必ず後世に残ることを強調し、若き分類学徒の台頭に期待するばかりです。これまでの研究活動では、実に多くの方々のお世話になってきました。十分に文献を挙げることもできないほど厳しい紙数制限のため、残念ながら個々のお名前を挙げることができませんが、これまで私に関わりをもって下さったすべての方々に紙面を借りて厚く御礼申し上げ、今後もご支援くださるようお願いします。

 

● 文章中で引用した文献

(1) Matsui, M. 1976. Contrib. Biol. Lab., Kyoto Univ. 25(1):1-9.;

(2) Matsui, M. 1984. Contrib. Biol. Lab., Kyoto Univ. 26 (3/4):209-428.;

(3) Matsui, M. 1994. Zool. J. Linn. Soc. 111(4): 385-415.;

(4) Matsui, M. 1997. Copeia 1997(1):158-165.;

(5) Tanaka, T. et al. 1996. Biochem. Syst. Ecol. 24(4):299-307.;

(6) Matsui, M. et al. 2005. Mol. Phyl. Evol. In press.;

(7) Matsui, M. and Y. Kokuryo. 1984. Salamandra 20(4):233-247.;

(8) Misawa , Y. and M. Matsui. 1999. Zool. Sci. 16(5):845-851.;

(9) Matsui, M., and T. Hayashi. 1992. Copeia 1992(1): 232-235.;

(10) Khonsue, W. et al. 2002. Amphibia-Reptilia. 23(3):259-268.;

(11) 松井正文. 1996. 両生類の進化. 東京大学出版会.;

(12) 前田憲男・松井正文. 1999. 改訂版日本カエル図鑑. 文一総合出版.