学会賞・奨励賞関連

動物の光受容と生物時計の分子メカニズムに関する研究

東京大学 大学院理学系研究科 生物化学専攻
深田吉孝

 
略歴

1978年 京都大学理学部 卒業
1983年 京都大学大学院理学研究科生物物理学専攻 博士課程修了(理学博士)
1983年 札幌医科大学医学部 助手
1986年 京都大学理学部 助手
1993年 東京大学教養学部 助教授
1995年 東京大学大学院理学系研究科 教授 現在に至る

はじめに
 少年の頃、最も身近に感じた生命の不思議は、奇妙な絵柄模様によって自分の色覚が他人と区別される事で、同級生の驚きの声に囲まれた身体検査のことは忘れられない。大学院で生物物理学専攻(京大院理)の吉澤透先生の門を叩き、視覚に関する勉強を始めたのは、視覚に関する多くの不思議に魅力を感じていたことも理由の一つである。その後、老舗で育った料理人が独立とともに新しい味のメニューを求めるように、光生物学という分野から時間生物学という分野に足を踏み入れた。両分野の融合領域で、現在も動物の光受容とそれに深く連関する情報変換システムの分子生理学的な研究を行っている。

cGMP 分解酵素の光活性化
 脊椎動物の視細胞は、昼間視を担う「錐体」と暗所視を担う「桿体」からなる。1970年台、ロドプシンの光受容に伴うcGMP 分解酵素の活性化が報告され、これが桿体視細胞の興奮を引き起こす重要ステップではないかと誰もが予想した。このような頃に吉澤研究室に入り、その中心テーマであったロドプシン退色過程がcGMP 分解酵素の活性化とどのように結びつくのか、という研究テーマをいただいた。その頃の研究室メンバーは、非常に早い時間スケールで生成・崩壊する中間体の構造を調べていたので、ラボのマイナーグループであることを非常に楽しく思いながら、相対的に遅い中間体であるメタロドプシンIIがG蛋白質と共役する生理活性中間体であることを示した1)。さらに、バソ中間体の生成やcGMP 分解酵素の光活性化には、発色団レチナールの二重結合の光異性化が必須であることを示し、Yoshizawa & Wald によって提唱されたロドプシンのシス-トランス光異性化説を裏付ける結果を得た2)。

脂質生化学のトレーニング
 学位取得後、札幌医科大の秋野豊明先生に助手として採用していただき、肺サーファクタント(リポタンパク質)の研究に従事した。未熟児の主要な死因である呼吸窮迫症候群は肺の未熟性による肺サーファクタント欠乏が病因であるので、肺サーファクタントアポタンパク質に対してモノクローナル抗体を作成し、微量定量法の開発を通してヒト羊水中の肺サーファクタントアポタンパク質定量による肺成熟度の定量的診断(呼吸窮迫症候群の出生前診断)を目指した。この秋野研の一連の研究の中でアポタンパク質に関する部分を担当しつつ、脂質生化学を叩き込まれた。この時の勉強は研究の幅を広げ、その後、Gタンパク質の脂質修飾研究に切り込む下地となった。秋野先生は一方で、脂質生化学の観点から視細胞にも興味をもっておられたので、視覚分野にもグラントを申請してみようという話しになり、科研費(奨励研究)を動物生理分野に申請した。これが幸運にも採択され、視覚研究再開のお許しを秋野先生からいただく事ができ、視細胞Gタンパク質に関する実験を始めた。本学会のバックアップで科研費を獲得できたことは、経済的支援もさることながら、私にとっては研究テーマの転回という大きな意味があった。

Gタンパク質へのアプローチ
 眼科から院生の大黒浩君(現、札幌医大眼科教授)も合流し、嬉々として実験を再開したが、苦労したのは網膜の入手。脊椎動物の視細胞に関する研究の大部分はウシ網膜が圧倒的スタンダードであった(いまは危険部位に指定されて使えない)。ウシが多い北海道¬でウシに困るとは想定外。食肉利用が中心ではないので、札幌近郊のどの処理場に連絡しても眼球を数多く入手することはできなかった。当時、米国ではウシ網膜の缶詰めが販売されて輸入もされていたが、他人が剥いた網膜を実験に使わないのは吉澤門下で暗黙の了解だったように思う。江別の処理場にお願いしてブタ眼球も採ってみたが作業効率が悪く、困って吉澤先生と七田先生にご相談した結果、京大のラボを使ってウシ網膜を集める許可をいただいた。帰省と称して年末から正月にかけての約一週間、毎日200〜300枚の網膜を剥きまくった。師走には、正月料理の需要に向けて普段より多くのウシが処理されるのと、正月に実験する人がいないので、合計2000枚近い網膜を独り占めし、一年分の実験材料をドライアイスに詰めて札幌へと持ち帰った。
 貴重な材料を使い、Gタンパク質精製過程のカラムクロマトグラフィーにおいてβγサブユニットが2峰性に溶出することに気づいたが、この原因を突き止めるのに延々と嵌まってしまった。桿体と錐体に由来する2種類のGタンパク質かと考えたが、βγサブユニットとしての活性を測定すると、小さい方のピーク成分は、全く活性を示さない3)。私が使っていた活性測定方法は光受容体として精製ロドプシンを用いた実験系だったので、「ロドプシン(桿体光受容分子)は錐体Gタンパク質を活性化しない」と考えれば、説明はできる。桿体と錐体の受容体に対するGタンパク質の特異性がそれほど厳しいとは考えにくいが、しかし、これが事実であれば、桿体と錐体の光シグナリングの重要な鍵が隠れているかもしれない。錐体光受容体を用いたGタンパク質の活性測定系を構築すれば、二つのピーク成分の活性は逆転するのではないか。このような期待から、錐体光受容分子の精製法を確立したいと考えていた。ちょうどその頃、吉澤研で助手公募があり、応募して採用された。

錐体光受容分子を手に入れたい
 京大に移って直ちに錐体光受容分子に関する研究に取りかかった。錐体研究の実験材料は、大量に入手可能、かつ錐体細胞が相対的に多く含まれているニワトリ網膜を用いるのが常道であった。大阪の鶏肉卸、とりぴん株式会社のご理解を得て、新鮮頭部を大量にいただいて実験を進めたが、往復の3時間と毎日のアイスボックスの重さにも耐えかねて、我々は弱音を吐くようになった。アルバイト学生を雇って取りに行ってもらうと、とりぴんの社長さんの不評を買った、「横着したらあかん」。尤も千万。また、ニワトリ網膜はペクテンという毛細血管からなる構造体を持つので剥離が難しい。ニワトリ網膜をきちんと採れるメンバーがいなかったので、吉澤先生から直伝いただいたが、メスとハサミの切れが悪く、実験(解剖)への心構えについて厳しく注意されたことが思い出される。
 このようにして集めた網膜から視細胞外節を単離し、光受容分子を抽出するのであるが、それまで光受容分子の可溶化・精製に使われていた界面活性剤はジギトニンであった。ジギトニンはマイルドな界面活性剤であり、光受容分子の分光学的な解析では汎用されていたが、巨大なミセルを形成し、タンパク質間の相互作用を調べるためには不適当である。ロドプシンに比べ、錐体光受容体は生化学的に不安定であることは分かっていたが、急がば回れ。可溶化のための界面活性剤と濃度から検討し、候補にCHAPSが残った。CHAPSで可溶化した錐体光受容分子はやや不安定なので、卵黄レシチンを微量に加える事によって安定性を増し、更にいくつかの条件と組み合わせて精製方法を確立した。そして、1000枚単位の大量のニワトリ網膜から赤・緑・青・紫色感受性の4種類の光受容分子を精製し、はじめて蛋白質分子として同定した4)。
 網膜を剥くところから全工程を数えると2〜3ヶ月かかる精製操作だったが、今まで手に入らなかった錐体光受容体を自由に使うことができるようになり、我々はとても元気になった。これら錐体光受容分子の局在、発色団近傍の構造、光反応特性、G蛋白質との共役、受容体キナーゼによるリン酸化、などの一連の解析を次々に行なって、錐体の細胞内情報伝達機構の特徴を桿体と対比して示した。さらに、大学院生だった岡野俊行君(現、早大理工)や小島大輔君(現、東大)と、これら4種類の光受容分子の全一次構造を決定し、分子系統学的解析から『脊椎動物の色覚担当分子は4色系が原型であること』を明らかにし、『進化の過程で色覚は薄明視よりも古くから生物に与えられた』という生物学的に重要な結論を得た5)。一方、先に述べた2成分のGタンパク質βγサブユニットとの再構成実験を行ったところ、赤色感受性の錐体光受容体(アイオドプシン)を使っても、ロドプシンと同じ結果となり、2成分のGタンパク質の謎は解けないまま、先送り。

まだ珍しかった質量分析による突破口
 長いあいだ悩んでいたG蛋白質の謎解きは、阪大蛋白質研究所の下西先生と高尾先生との共同実験から大きく進展した。2成分のうち、一方のγサブユニットのC末端Cys残基(のチオール基)がファルネシル化され、同時に(αカルボキシル基が)メチル化されていることを精密質量分析で突き止めた。これに対し、機能的に不活性なマイナーピークに含まれるγサブユニットは、修飾アミノ酸であるCys残基そのものを欠失していた。活性の有無を指標にして2成分を比較追跡していたので、前者だけに見られるファルネシル化・メチル化がG蛋白質を介した光情報伝達に必須であることを証明する結果となった6)。札幌から実験に来ていた大黒君と、長男のお産で家内が不在の我が家でひっそり乾杯、長い道のりを思い出した。不活性な分子種がどのように生成するのか、そこに何らかの制御機構が働いているのか、これらはまだ分かっていない。
 一方、錐体のGタンパク質αサブユニットを追い求めたプロセスで、桿体αサブユニットのN末端Gly残基には四種類の長鎖脂肪酸が結合していること、そして、これら付加脂肪酸の違いによってG蛋白質の活性が変化することを見出した7)。当時は、質量分析が今日のような脚光を浴びていない時期だったが、これらの実験で質量分析の威力を目の当たりにし、この研究手法が今後の大きな潮流になることを強く予感した。

G蛋白質と光シグナリング制御
 Gタンパク質γサブユニットのファルネシル化・メチル化という二重修飾が、Gタンパク質のシグナリング活性にどうして必要なのか、その仕組みを知りたいと考えた。調べてみると、これらの修飾を受けていないGタンパク質においてはαサブユニットとβγサブユニットとの会合が弱く、その結果として、光活性化したロドプシン(メタロドプシンII)との相互作用効率が低下している事が分かった8)。さらに、二重修飾の相対的な重要性を調べた結果、ファルネシル化がGタンパク質シグナリングに必須であり、メチル化は補助的に作用する事がわかった9)。東大に移ってからもこの課題にアプローチし、ファルネシル基が単に静的な細胞膜アンカーとして機能するのではなく、ファルネシル基が相互作用するターゲットをダイナミックに変えてGタンパク質の機能制御に寄与することを示した10)(片田江ら、未発表)。
 我々が視細胞Gタンパク質のファルネシル(炭素数15)化を報告した同じ年、視細胞以外に存在するG蛋白質はゲラニルゲラニル(炭素数20)化されている事が見つかった。これら2種類のイソプレノイドによる修飾は総称してイソプレニル化と呼ばれるが、修飾イソプレノイドの鎖長の違いに重要な生理的意味が隠されているのではないかと私は考えていた。動物種を越えて桿体と錐体に由来する2種類のGタンパク質だけがファルネシル化されており、イソプレニル化を規定するアミノ酸の変異に、進化の過程で明らかに圧力がかかっているように見える。リコンビナントタンパク質を用いると、ゲラニルゲラニル化したGタンパク質の方が天然のファルネシル化Gタンパク質よりも強いシグナル増幅特性を示した11)。しかし測定条件を少し変えると、この違いは小さくなったりするので、限界を感じた。
 ファルネシル化の真の生理的意味を理解するためにin vivoの解析を目指した。つまり、遺伝子ターゲティング技術を用い、γサブユニットのファルネシルをゲラニルゲラニルに置換した変異マウスを作り、その光応答を野生型と比較した。並行して、ファルネシルを欠失した変異マウスも作出した。その結果、修飾ファルネシルを欠失すると桿体の視機能がほぼ完全に消失する(葛西ら、未発表)のに対し、修飾イソプレノイドを置換しても桿体の暗順応時の光応答性には差が見られなかった。後者は全く予想していない結果で、大きな驚きと戸惑いがあったが、続いて意外な事実を見つけた。つまり、野生型マウスに持続した光刺激を与えた場合、ファルネシル化G蛋白質は光シグナリングの場である外節から抜け出して内節方向へ移動し、外節のG蛋白質量が減少する結果、光シグナルの増幅効率が低下して明順応の特性を示す。これに対し、変異マウスのゲラニルゲラニル化G蛋白質は視細胞内の移動が大きく阻害され、桿体の明順応が抑制された。つまり、ファルネシル化はG蛋白質の細胞内移動を可能にし、視感度を調節するという意外な役割を担っていた12)。この一連の研究は、細胞の生理機能発現におけるタンパク質の脂質修飾の重要性を明瞭に示している。

網膜から松果体へ
 光は動物に空間情報(視覚)と共に時刻情報(時計)を与える。東大に職を得て独立した1993年から私共は、後者の概日時計に関する研究を徐々に取り入れ始めた。概日時計の位相が光で調節されることに着目し、光感受性の時計組織であるニワトリ松果体が重要な位置を占める器官だと考えた。それまで「ロドプシン様物質」と記述されていた松果体の光受容分子の実体を明らかにし、網膜外に発現するオプシンの初めての例としてピノプシン(=pineal opsin)と命名した13)。さらにオプシン型光受容分子の下流の情報伝達経路を調べ、G11を介するシグナリング経路によって概日時計の位相がシフトすることを示した14)。スタッフとなった岡野俊行君はピノプシンの同定やそのシグナル伝達に関する研究と共に、松果体細胞での時計発振を理解するため、ニワトリ松果体に発現する一群の時計遺伝子 cPer2, cCry1, cCry2, cBmal1, cBmal2およびcClockを単離し、松果体の分子時計を解剖した。マウス視交叉上核での発振メカニズムと同じように、cPer2とcCry遺伝子の転写翻訳調節に基づくフィードバック機構が作動していた15)。
 ここで私共が注目していたのは、時計の光位相シフトに遺伝子の転写調節(mRNAの新規合成)が必要であるという事実である。ピノプシン遺伝子の発現レベルは光によって上昇するので、光位相シフトの鍵を握る可能性を考え、ピノプシン遺伝子上流の光応答配列を探索した16)。探し当てた配列は、明時に転写を活性化するという予想とは逆に、暗時に転写を強く抑制するシスエレメントで、そこに結合する転写因子の同定と機能制御が今後の課題として残されている。一方、光位相シフトに寄与する転写因子を一網打尽にしようと、位相シフトを起こす光刺激によって誘導される遺伝子の網羅的スクリーニングから転写抑制因子E4BP4を同定した。E4BP4の発現量は明期延長(夜更かしに対応)によって高レベルに維持され、cPer2の転写抑制を介して位相後退を引き起こす重要因子と考えられた17)。
 光シグナルは中枢時計の位相シフトを起こすが、食餌などのシグナルは中枢時計に影響を与えることなく末梢臓器の細胞時計(末梢時計)の位相を制御する。この末梢時計のモデルとして培養細胞が実験に広く使われるが、私共は、培地交換によって培養細胞の時計位相がリセットされるという偶然の発見をもとに、その原因がグルコース添加であることを突止めた。グルコースによる位相変位には、光位相シフトの場合とは異なり、転写因子TIEG118)が誘導されて中心的役割を果たす(広田ら、未発表)。光刺激や血清刺激などによる多くの位相シフトでは、Per遺伝子が一過的に誘導されるという共通の特徴を示すが、グルコースによる位相シフトは時計遺伝子の応答パターンが全く異なり、位相シフトには複数の応答様式があることを示している。

ゼブラフィッシュの松果体
 分子研究と並行して、網膜と発生学的に起源を同じくする松果体の生理機能を生体で調べる方策を探っていた。松果体は脊椎動物の進化のなかで極めてダイナミックに機能が変遷した器官として有名である。ヤツメウナギなど下等な脊椎動物においては感色性の光受容器官であり、メラトニンを夜間に自律的に分泌すると共に求心性の光シグナルを送り出している。つまり網膜と似ている。これに対して哺乳類では、遠心性の神経支配を受け入れて(受動的に)メラトニンを分泌する神経内分泌器官に変化し、その代わりに光感受性を失っている。つまり網膜から遠ざかっている。ニワトリなど鳥類の松果体は、その中間に位置づけられる。私は、光感受性の時計組織という観点から松果体に興味を持ったので、哺乳類では意味がない。京大から小島大輔君に参入してもらい、遺伝子導入を行える動物としてゼブラフィッシュに狙いをしぼった。
 松果体の光受容分子(オプシン)を手がかりに実験を開始したが、予想に反してピノプシン遺伝子は見つからず、代わりに、ロドプシンの重複遺伝子が松果体に発現していることを見つけ、これをエクソロドプシン(Exo-rhodopsin)と名付けた19)。エクソロドプシンとロドプシンの遺伝子発現は、それぞれ見事に松果体と網膜に振り分けられており、これを基にして松果体特異的な遺伝子発現を導くシスエレメントとして12塩基からなるPIPE (pineal expression-promoting element) を同定した20)。この研究は、網膜と松果体という「似て非なる」脳組織の形成機構の解明を目指し、その延長線上には、極めて多様な脳神経系の形成原理を理解したいという狙いがある。
 PIPE活性を用いて時計遺伝子のドミナントネガティブ変異体を松果体細胞に特異的に導入すると、トランスジェニック個体からのメラトニン分泌リズムが消失し、松果体の概日時計が停止した(未発表)。個体レベルでの時計研究に応用できる可能性が広がりつつある。一方、松果体のエクソロドプシンと同時に脳深部で同定されたVALオプシンは、網膜では水平細胞に発現しており21)、受容野の調節など新しい光制御に寄与している可能性がある。このようにゼブラフィッシュは、時計機構のみならず多様な光生理現象の分子メカニズムを知るための良い材料である。

時計タンパク質のリン酸化
 松果体細胞における概日時計の分子発振にMAPキナーゼ(ERK1/2)活性のリズム変動が重要な役割を果たす22)ことを真田佳門君(現、東大)が見出し、光刺激に伴うMAPキナーゼの不活性化(MAPキナーゼフォスファターゼの活性化)が位相シフトを導く光シグナルの入力点であることが分かった。一方、ERK1/2と同じファミリーメンバーに属するp38キナーゼは24時間という時計周期を決定する重要因子である23)。これらのキナーゼのターゲットとしてBMAL1などの時計タンパク質が直接にリン酸化制御を受ける場合24)と、さらにキナーゼカスケードを介して間接的に時計発振を制御する場合が考えられる。時計発振のフィードバックループで中心的な制御因子CRY2タンパク質がGSK3βによってリズミックにリン酸化され、その結果として分解に導かれることを私共は見出したが、GSK3β活性の日周リズムは上流でMAPキナーゼが調節している可能性がある25)。夜ふかし型の位相後退において転写抑制因子E4BP4の光誘導が重要である事は先に述べたが、この位相後退のシフト時間は、カゼインキナーゼIεによる E4BP4のリン酸化とそれによって導かれるE4BP4タンパク質の分解効率によって決定されている26)。このように、緻密に張り巡らされているタンパク質リン酸化ネットワークの実態を解き明かすことが時計発振の分子的理解に向けて今後の重要な課題である。
 ほぼ全ての時計タンパク質はリン酸化されており、そのリン酸化状態は時々刻々、ダイナミックに変化して時が刻まれている。一つの時計タンパク質をとってみても複数のリン酸化部位を持ち、各サイトのリン酸化の生理的役割は互いに異なる可能性が高い。このような観点から、ある時刻における一群の時計タンパク質のリン酸化状態の複雑な組み合わせを”Chronocode(クロノコード)”という一つの符号として捉え、”Chronocode”の連続的な時刻変化を理解する、という新しい概念が重要であると考えている。今後の私の目標である。

謝辞
 長い歴史を誇る日本動物学会から栄誉ある学会賞をいただくにあたり、これまでご指導いただき精神的にも支えていただきました吉澤透先生、秋野豊明先生、そして研究の手ほどきをいただきました故徳重正信先生に深くお礼を申し上げます。文中では全てのお名前を記すことができませんでしたが、共同研究をお願いした先生方をはじめ、多くの先輩諸兄姉に心より感謝いたします。また、研究の最前線で苦楽を共にし、もしくは、前線に出られなくなった私との議論を通し、寝食を忘れて研究に邁進しているスタッフと院生と学生のメンバーと共に、今回の受賞の喜びを分かち合いたいと思います。最後に個人的なことで恐縮ですが、母と妻と子供たちの理解によって研究を息長く続ける事ができたことに改めて感謝します。全ての方々には、本研究が現在進行形であることをお伝えし、今後ともご指導を賜りますよう、どうかよろしくお願い申し上げます。     

文中で引用した論文
1. Fukada, Y. and Yoshizawa, T. (1981) Activation of phosphodiesterase in frog rod outer segment by an intermediate of rhodopsin photolysis II. Biochim. Biophys. Acta, 675, 195-200
2. Fukada, Y., Shichida, Y., Yoshizawa, T., Ito, M., Kodama, K. and Tsukida, K. (1984) Studies on structure and function of rhodopsin by use of cyclopentatrienylidene 11-cis-locked-rhodopsin. Biochemistry, 23, 5826-5832
3. Fukada, Y., Yoshizawa, T., Ohguro, H., Saito, T. and Akino, T. (1989) βγ-Subunit of bovine transducin composed of two components with distinctive γ-subunits. J. Biol. Chem., 264, 5937-5943
4. Okano, T., Fukada, Y., Artamonov, I. D. and Yoshizawa, T. (1989) Purification of cone visual pigments from chicken retina. Biochemistry, 28, 8848-8856
5. Okano, T., Kojima, D., Fukada, Y., Shichida, Y. and Yoshizawa, T. (1992) Primary structure of chicken cone visual pigments; Vertebrate rhodopsins have evolved out of cone visual pigments. Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 89, 5932-5936
6. Fukada, Y., Takao, T., H., Ohguro, H., Toshizawa, T., Akino, T. and Shimonishi, Y. (1990) Farnesylated γ-subunit of photoreceptor G-protein indispensable for the GTP-binding. Nature, 346, 658-660
7. Kokame, K., Fukada, Y., Yoshizawa, Y., Takao, T. and Shimonishi, Y. (1992) Lipid modification at the N terminus of photoreceptor G-protein α-subunit. Nature, 359, 749-752
8. Ohguro, H., Fukada, Y., Takao, T., Shimonishi, Y., Yoshizawa, T. and Akino, T. (1991) Carboxyl methylation and farnesylation of transducin γ-subunit synergistically enhance its coupling with metarhodopsin II. EMBO J., 10, 3669-3674
9. Fukada, Y., Matsuda, T., Kokame, K., Takao, T., Shimonishi, Y., Akino, T. and Yoshizawa, T. (1994) Effects of carboxyl methylation of photoreceptor G protein γ-subunit in visual transduction. J. Biol. Chem., 269, 5163-5170
10. Hagiwara, K., Wada, A., Katadae, M., Ito, M., Ohya, Y., Casey, P. J. and Fukada, Y. (2004) Analysis of the molecular interaction of the farnesyl moiety of transducin through use of a photoreactive farnesyl analog. Biochemistry 43, 300-309
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12. Kassai, H., Aiba, A., Nakao, K., Nakamura, K., Katsuki, M., Xiong, W.-H., Yau, K.-W., Imai, H., Shichida, Y., Satomi, Y., Takao, T., Okano, T. and Fukada, Y. (2005) Farnesylation of retinal transducin underlies its translocation during light adaptation. Neuron, 47, 529-539
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