略歴
1965年 東京教育大学理学部動物学専攻 卒業
1967年 東京都立大学理学研究科生物学専攻(修士) 修了
1970年 東京都立大学理学研究科生物学専攻(博士) 単位取得退学
1971年 お茶の水女子大学理学部 (附属臨海実験所) 助手
1983年 理学博士(東京都立大学)
1984年 お茶の水女子大学理学部 (附属臨海実験所) 助教授
1996年 お茶の水女子大学理学部(生物学科) 教授
1987年-2003年 お茶の水女子大学理学部附属臨海実験所長
●はじめに
学部の時、発生に興味をもち、関東生物学科学生懇談会(生懇)の分科会などに参加して勉強をしました。その頃、「発生生理の研究」(団勝磨・山田恒雄編)を読んで、ウニの発生に興味をもち、東京都立大学の団研究室に院生として入りました。大学院での研究は散々でしたが、あの頃の都立大の権威主義の無い雰囲気の中で、団先生はじめ多くの先生方、仲間から沢山のことを学びました。また、利用させて頂いていた東大・三崎臨海実験所で学外の多くの方々と知り合うことができました。
1970年に、お茶の水女子大学の臨海実験所が千葉県館山市に開設され、助手に採用されました。教員は助手1名で、他に事務員と非常勤職員各1名という極めて小さな施設で、はじめの10年ほどはほとんど立ち上げに費やし、大した研究はしませんでしたが、その間に、ヒトデなどの卵をじっくり観察することができました。そのときに得たものが今につながっていると思います。
●偶然のきっかけ
ヒトデの卵減数分裂再開時の環状リン酸を調べていた時、phosphodiesteraseを阻害するためにcaffeineやtheophyllineを与えると、卵母細胞に受精膜が形成されていることが観察されました。これを海水中に放置しておいたところ、卵割をくり返し、いわゆる単為発生が起こっていました。しかし、単為発生に興味はなく、面白いこともあるものだと感じただけでした。
Th. Boveriは1887年に、「受精卵の分裂の分裂極は精子が持ち込んだ中心体に由来する」という「受精卵中心体の精子由来説」を提唱しています。減数分裂を完了した成熟卵は卵母細胞由来の中心体を一つ、精子も中心体を一つもっているので、受精卵は中心体を二つもっていることになります。もし一回目のS期で両者が複製されると、多極分裂が起こり発生は異常になるはずですが、実際の第一分裂は2極です。精子中心体だけが使われるなら、卵中心体は退化(消滅)することが前提になりますが、これに関する研究は殆どありませんでした。
あの単為発生の観察から何年か経って、臨海実験所に卒研生としてやってきた小幡千鶴子さんの研究テーマを考えている時、卵中心体消滅の謎解きに単為発生卵を使えないものかと考えました。卵割率も発生の同調性も受精卵に匹敵するほどに高かったので、何か掴めるものがあるのではないかと思ったのです。
●極体阻害と単為発生
ある時小幡さんが、“発生している卵は極体を形成していないようです”と言ってきました。そこで、(1)第一減数分裂期と(2)第二減数分裂期の2つの時期にそれぞれcaffeine処理をしてみたところ、どちらの処理でも発生が誘起されました。(1)の処理では極体が全く形成されないこと、(2)の処理では第二極体が形成されないことが分かりました。成熟分裂を完了した卵では卵割は起こらないので、単為発生の誘起は極体形成と密接な関係があることになります。さらに、(1)第一卵割は、極体を全く形成していない卵(0pb卵)では受精卵と同じタイミングで起る、(2)第一極体は持つが第二極体を阻害された卵(1pb卵)では、0pb卵の第二卵割と同じ時に起こる、(3)0pb卵と1pb卵のどちらも染色体数4倍体の胚になる、ことを彼女は明らかにしました。
caffeineは、Caイオンを遊離させて細胞質を付活するとともに、極体形成を阻害する2つの作用で卵割を誘起することになります。caffeineは処理するタイミングが難しいうえにバッチによる違いが大きくトリッキーな点がありましたので、付活にはCaイオノフォアを、極体形成阻害には
cytochalasin Bに替えたところ、誰がやってもうまくいくようになりました。
1pb卵の第一分裂は0pb卵よりも1周期遅れるので、この間に形成される分裂装置をみたところ、0pb卵では一回目の卵割周期では双極の分裂装置ができるのに対して、1pb卵では単極の分裂装置(半紡錘体)しかつくられず、第二卵割周期になってはじめて双極の分裂装置が現れます。S期を調べたところ、0pb卵では一回目が第一卵割に連動していました。1pb卵でも、一回目のS期は0pb卵と同じタイミングで起こります。これで、1pb卵の第一卵割が1周期分遅れることと、4倍体の染色体をもつ0pb卵はともかく、2倍体の1pb卵までもが4倍体で発生することの納得がいきました。
1pb卵の一回目の卵割周期での半紡錘体の発見が、その後の実験の方向を決めました。
●第二減数分裂では中心粒の複製が起こらない
0pb卵と1pb卵の違いは中心体に原因のあることが推測されます。以後の実験のヒントになったのは、“第二減数分裂の分裂極には中心粒は一つしかないらしい”というMytirus卵母細胞の電顕観察の論文(Long
& Anderson, 1969)でした。直径200μmほどの卵母細胞から1μm足らずの中心粒を一つ残らず探し出すという面倒な作業を引き受けてくれた名市大の加藤宏一さんが、体細胞分裂とは異なった中心粒の挙動を明らかにしてくれました:(1)第一減数分裂のそれぞれの分裂極には中心粒が一対存在するが、(2)第2減数分裂の分裂極には1個しか含まれない、(3)第一極体には中心粒は2個含まれるが、(4)第二極体には1個しか存在しない。すなわち、第二減数分裂では中心粒の複製が起こらない;従って、卵減数分裂では、染色体と同様に、中心粒の数も減数することになります。
●中心粒の異質性
極体阻害の結果、0pb卵では4個の中心粒が、1pb卵では2個の中心粒が細胞内に残されます。2回の核分裂完了後の前核期に中心粒を調べてみると、0pb卵には2個、1pb卵には1個しか残っていません。すなわち、半数が失われたことになります。第一卵割では、0pb卵の双極の分裂装置の中心体と、1pb卵の半紡錘体の中心体には、それぞれ一対の中心粒が存在しました。つまり、前核期に残った中心粒は複製能を保持していることになります。正常に減数分裂を完了した成熟卵は分裂をしませんので、これら複製能をもつ中心粒は極体に捨てられことが推測されます。実際に、第一、第二極体の中心体を顕微操作で成熟卵に移植して分裂極形成能を調べたところ、第一極体中の二つの中心粒の一つだけ、第二極体の(一つの)中心粒が複製能をもっていることが明らかになりました。第一減数分裂の前期で停止している卵核胞期の未成熟卵母細胞は、中心体の複製を済ませ、2対4個の中心粒をもっています。それぞれの中心粒対は、複製能をもち減数分裂完了後も生き残るものと、減数分裂完了後には消滅運命にあるものとの異質の二つから構成されていることになります。これらの中心粒は2回の減数分裂で、第一極体には複製能をもつものと、消滅運命にあるものが一つずつ、第二極体には複製能をもつものが一つ、成熟卵には消滅運命のものが一つ、それぞれ遺贈されることになります。
●異質性の決定時期と、中心体の死活を制するMAPキナーゼ
G. Sluderは、受精卵に移植された減数分裂の分裂装置を構成する中心体の複製率は、第一減数分裂時のものの方が第二減数分裂時のものよりも高いことから、減数分裂に関わる中心体/粒は本来等価であり、減数分裂の進行に連れて次第に活性を失うという、細胞質環境説を提唱しました。これは私たちのモデルとは違います。彼のモデルを検証するためには、未成熟卵母細胞の4個の中心粒をいきなり成熟卵に移植すれば、減数分裂過程を経験しない中心粒の活性を知ることができるはずです。未成熟卵母細胞の中心粒は、卵核胞が張り付いている表層に固定されていますが、生卵では存在を特定できませんし、顕微操作で吸い取れたにしても4個全てが移植されたことを確認することはできません。そこで未成熟卵母細胞から、中心粒が固定されている表層を含む小さな無核卵片を作製し、極体を二つ形成した成熟卵と電気融合しました。融合後に残った中心粒は半数の二つだけで、これらは複製能をもっていました。また、極体の中心粒を未成熟卵細胞に移植し、減数分裂を再度経験させても、各中心粒の運命には変わりがありませんでした。未成熟卵母細胞の四つの中心粒は等価ではなく、異質性はこの時期にすでに決定されていることになります。精子中心体によって卵中心粒の運命が左右されることもなく、中心粒の異質性は卵中心体に内在する要因によると考えられます。
中心粒の異質性を制御している要因の候補に、MAP kinase (MAPK) が挙げられます。Mos-MAPKカスケードは、カエルでは第二減数分裂停止に働きますが、ヒトデでは第二減数分裂への移行と成熟卵のG1期停止に働いていることが知られています。MAPKは減数分裂再開後の卵核胞崩壊の頃に活性化され、減数分裂を通して高い活性が維持されます。従って、これまでの実験条件下で異質性が具現化した卵では、中心粒はMAPKが活性化された細胞質に一度は晒されていることになります。そこで、MEKの阻害剤U0126
でMAPKの活性化を抑制したところ、中心粒は4個とも複製能を保持したまま生き残りました。mosのantisense
DNAの未成熟卵母細胞への注入も同じ結果になりました。GST-Mosを未成熟卵母細胞に注入し、減数分裂再開後のMAPKの活性化を抑制すると、二つの中心粒は消滅します。つまり、未成熟、成熟細胞質に関係なく、中心粒が一度でもMAPKに晒されれば、異質性が決定されることが分かりました。生き残るものは複製能を保持していることから判断して、いわゆる母中心粒で、MAPKの標的になる中心粒は娘中心粒であろうと考えています。精子の母娘中心粒はどちらもMAPKの影響を受けませんので、卵母細胞の減数分裂再開以前に、娘中心粒に何らかの変化が起こるようです。
卵中心体の消滅は、受精によるゲノム数の回復と遺伝子の混合があってはじめて卵の発生を開始させる(卵単独の発生を防ぐ)ための工夫と考えられます。
今後は、第二減数分裂の分裂装置では、複製能をもつ中心粒が第二極体に捨てられるように卵表側に、消滅運命の中心粒が成熟卵に遺贈されるように内側に配置される仕組;半数の中心粒をやがて消滅するように仕向けるMAPKの働き;精母細胞の第二減数分裂では中心粒が複製される仕組みなどを明らかにできればと思っています。
●動植物軸と中心体
話は未成熟卵母細胞期の中心体に戻りますが、ヒトデでは成長過程にある卵母細胞では卵核胞は細胞の中央にありますが、十分に成長した卵母細胞では卵表直下に移動しています。この表面から極体が形成されるので、卵核胞は予定動物極に貼り付けられていることになります。予定動物極の表層に付着している2個の中心体から伸びた微小管が卵核胞を包んで固定しています。ある種のナマコでは、十分に成長した卵母細胞でも卵核胞はまだ細胞の中央にあり、減数分裂が再開すると卵表直下に移動します。移動先の卵表には中心体があり、そこから伸びた微小管が核を卵表に引き寄せます。未成熟卵母細胞の時期に、発生の基本軸を決定する極の一つに中心体が先回りしていることは興味があることです。
●終わりに
中心体はまだまだ謎の多い細胞小器官ですが近年、中心体は300を越える要素から構成され、それらの中には細胞周期を制御する因子が多数含まれていることが分かってきました。中心体はこれらの因子が情報ネットワークを構築する場であり、分裂期だけに限らず細胞周期全域を制御する司令塔であると考えられるようになってきました。
中心体の命名者であるBoveriは、ウマカイチュウの卵の核分裂で、紡錘体の二つの極にみられる非染色性の小体(中心体)の由来を調べて、「受精卵の分裂における分裂中心は、卵に取り込まれた精子の中心体に由来する」と主張しました。これが古典として有名な「受精卵中心体の精子由来説」(1887年)です。これは正常発生については、多くの動物で今は常識です。論文の中で彼はまた、中心体は倍加により細胞に代々継承されていくものであろうと述べています。しかし、ウニ卵での(成功率が極めて低い)単為発生にLoebが成功したことが、彼の受精説へ疑問を投げかける一つの衝撃となり、今もって、「Boveriの受精説は名誉を傷つけられている
(G. Schatten, 1994年) 状態です。私たちの研究が、Boveriの受精説の名誉回復に少しでも役立つことになれば幸いです。
モデル生物でもなく、近年になってやっと発生現象の解明に使えるようになったヒトデやナマコ卵を研究対象にして、主に顕微鏡観察により実験を進めてきました。競争相手が少なかったお陰で、仲間とゆっくり楽しんで研究をすることができました。臨海実験所で暮らせたことも幸せなことでした。基礎研究を支える臨海施設が今後更に充実されることを願っています。
最後になりましたが、これまでの研究成果は、一緒に研究をした方々を抜きにしては考えられません。全て方のお名前を挙げることはしませんでしたが、この場をお借りして心より御礼申し上げ、受賞を共に喜びたいと思います。
●文章中で取り上げた研究成果に関する文献
1. C. Obata and S. Nemoto (1984). Artificial
parthenogenesis in starfish eggs:
Production of parthenogenetic development through suppression
of polar body
formation by methylxanthines. Biol. Bull. (Woods Hole), 166:
526-536.
2. K. H. kato, S. Washitani-Nemoto, A. Hino
and S. Nemoto (1990). Ultrastructural
studies on the behavior of centrioles during meiosis of starfish
oocytes. Develop.
Growth Differ., 32: 41-49.
3. S. Washitani-Nemoto, C. Saitoh and S. Nemoto
(1994). Artificial parthenogenesis in
starfish eggs: Behavior of nuclei and chromosomes resulting
in tetraploidy of
parthenogenotes produced by the suppression of polar body
extrusion. Dev. Biol.,
163: 293-301.
4. S. Washitani-Nemoto and S. Nemoto (1997).
Activation at the germinal vesicle stage
of starfish oocytes produces parthenogenetic development through
the failure of polar
body extrusion. Develop. Growth Differ., 39: 295-303.
5. A. Nomura and S. Nemoto (1998). DNA replication
cycle in parthenogenetically
developing eggs of the starfish Asterina pectinifera. Develop.
Growth Differ., 40:
377-386.
6. M. Tamura and S. Nemoto (2000). Centrosome
inheritance in starfish zygotes:
behavior and duplicating capacity of the meiotic centrosomes
in maturation division.
Zygote, 8, s12-13.
7. A. Miyazaki, E. Kamitsubo and S. Nemoto (2000).
Premeiotic aster as a device to
anchor the germinal vesicle to the cell surface of the presumptive
animal pole in
starfish oocytes. Dev. Biol., 218: 161- 171.
8. M. Tamura and S. Nemoto (2001). Reproductive
maternal centrosomes are cast off
into polar bodies during maturation division in starfish oocytes.
Exp. Cell Res., 269:
130-139.
9. Y. Uetake, K. H. Kato, S. Washitani-Nemoto
and S. Nemoto (2002). Nonequivalence
of maternal centrosomes/centrioles in starfish oocytes: Selective
casting-off of
reproductive centrioles into polar bodies. Dev. Biol., 247:
149-164.
10. Q. Zhang, M. Tamura, Y. Uetake, S. Washitani-Nemoto
and S. Nemoto (2004).
Regulation of the paternal inheritance of centrosomes in starfish
zygotes. Dev. Biol.,
266: 190-200.
11. A. Miyazaki, K. H. Kato and S. Nemoto (2005).
Role of microtubules and
centrosomes in the eccentric relocation of the germinal vesicle
upon meiosis
reinitiation in sea-cucumber oocytes. Dev. Biol., 280 : 237-247.
12. Y. Shirato, M. Tamura, M. Yoneda and S.
Nemoto (2006). Development, 133: 343-
350.
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