学会賞・奨励賞関連

脊椎動物卵における受精成立の分子メカニズム

神戸大学遺伝子実験センター遺伝情報解析研究分野 佐藤賢一

はじめに
精子と卵が出会い合体することにより、新しい生命が育まれる。私たちは、この受精と呼ばれる生命現象を分子レベルで理解することを目標として、主にアフリカツメガエルの卵細胞を材料とする研究を行なっています。脊椎動物であるとともに両生類に属するこのモデル動物を使った実験によって、精子と卵の相互作用と膜融合から発生開始に必須の現象である細胞内カルシウム濃度の一過的な上昇と卵の活性化に至る、わずか数秒から数分の時間帯に「受精成立のシグナル伝達」とでも言うべき複雑な分子ネットワークが働いていることが、少しずつ明らかになってきました。本稿では、私が受精を研究テーマにするようになった経緯とその後の足取りについてまとめたいと思います。

研究のきっかけ1 〜 Srcがことの始まり
私が学部学生時代以来、今日に至る迄の研究活動の本拠地としている神戸大学の深見泰夫教授研究室では、当初からSrc(サーク)と呼ばれる蛋白質チロシン特異的プロテインキナーゼの構造と機能に関する研究を主要テーマとしていました。私はそこで修士課程修了迄の3年間、主にウイルス性Srcのマウス固形腫瘍からの精製や酵素学的解析を行ないました。Srcはトリ肉腫ウイルス(Rous Sarcoma Virus)のがん遺伝子産物として発見されました(文献1)。その後、細胞性Srcの存在も明らかにされ、Srcの研究は生物学・医学における重要な考え方〜例えば、「癌は遺伝子の病気」「正常な細胞機能は、細胞性がん遺伝子(産物)の機能発現を伴う」など〜の構築に貢献してきました。そして、現在においても「ウイルス性Srcはどうやって細胞をがん化するのか?」「細胞性Srcは正常な細胞において何をしているのか?」が大きな問題として残っています(文献2〜5)。

研究のきっかけ2 〜 細胞性Srcを活性化する抗体がとれた!
私は当時、より具体的には、Src蛋白質の非触媒領域の部分アミノ酸配列に相当し、Srcの酵素活性を特異的に阻害する合成ペプチド、peptide A(現在、Calbiochem社で市販されています)の作用機序を解析していました(文献6)。Peptide Aの阻害作用は、通常は不活性状態に維持されている細胞性Srcではきちんと働き、恒常的に活性化状態にあるウイルス性Srcでは破綻してしまっている、Src分子本来の活性調節機構を模倣していると考えられました。研究が進展したのは、このペプチドの作用点をSrc分子の触媒領域内の一部分として同定し、さらにその標的部分に結合する特異的な抗体(pepY抗体)が面白い効果を持つことが分かったからでした。pepY抗体は、peptide Aがウイルス性Srcに結合するのを邪魔し、その阻害効果 をキャンセルします。これは予想通りでした。一方でウシ脳細胞から精製した細胞性Srcにこの抗体を与えると、そのこと自体によってSrcの活性化が起こることが分かったのです(文献7)。

がん細胞から卵母細胞、そして未受精卵へ 〜 受精によるSrc活性化の発見
私は博士課程進学後、正常細胞におけるSrcの生理機能を研究テーマとしようと考え、アフリカツメガエル卵母細胞のSrcを同定しようと実験を進めていました。しかしながら、当時使っていた市販の抗体ではモノは見つからず(このことには理由がありました)、酵素活性もつかまらない。半年以上、データのない状態が続いていました。そこで、前述したSrcを活性化するpepY抗体の登場です。この抗体を使ったウエスタンブロッティングで約57 kDaのSrc型蛋白質(のちに質量分析実験からSrcであることが判明)を、活性測定実験では抗体存在下でのみ検出可能なプロテインキナーゼ活性をそれぞれ見いだしました。そして、この卵母細胞Srcが卵成熟のあいだはおとなしくしている一方で、受精に伴い一時的な活性化を受けることがわかったのです(文献8)。

受精成立のシグナル伝達 〜 受精の場の探索、種の特異性・普遍性の追究
その後の研究では、「受精に伴うSrc活性化は、膜脂質代謝酵素ホスホリパーゼCγを通して、精子の受容と細胞内カルシウム濃度の一過的上昇を連係する為に必要である(文献9〜12)」、そして「マイクロドメインあるいはラフトと呼ばれる細胞膜微小領域が、精子受容からSrc活性化へのシグナリングの場として機能している(文献13〜16)」という、大きく2つの仮説・命題の検証・修正・展開に努めて来ました。今回の動物学会奨励賞は、これらの研究成果に対して与えられたものであるということで、大変嬉しく思います(最近の総説として、文献17)。現在の最大の関心事は、精子と卵細胞の相互作用と融合、さらにはSrc活性化に関わる分子装置を同定することです。卵ラフトに焦点を充てた解析は、この目的にかなった重要な戦略であると考えています。また、受精成立を中心として起動するいくつかの細胞機能〜例えば母性RNAの翻訳活性化に関わるRNA結合蛋白質の解析〜を対象とした研究も少しずつ進めています。さらには、実験モデル動物をマウスやブタ等のほ乳類として、受精成立シグナル伝達メカニズムの種特異性と普遍性を検証する取り組みも開始しています。

おわりに
がん遺伝子産物Srcの研究をきっかけとして、受精成立のシグナル伝達メカニズムを現在の主要テーマとする、私の研究履歴について述べさせていただきました。学部学生時代以来、指導教官として、そして上司として、常に私の研究活動の道しるべであり、最良の激励者・批判者である恩師の深見泰夫教授と、この受賞を喜び分かち合いたいと思います。また、受精研究に関わるようになって以来、いろいろな研究の手法から哲学までをご教授くださっている岩尾康宏・山口大学教授、私の唯一かつ短期間の留学体験を素晴らしいものにし、哺乳動物研究への糸口を与えてくださったラファエロ・フィソーレ・マサチューセッツ大学アマースト校準教授と黒川学博士・デューク大学医学部研究員、そして、長年机を並べて実験とディスカッションを共にし、私の「ラボ内留学」を支えてくれたアレクサンデル・トクマコフ博士・理化学研究所横浜研究員の4人に、この受賞を心より捧げたいと思います。そして最後になりますが、本奨励賞を授与くださる日本動物学会には、4年前の年次大会でのシンポジウム「受精成立のシグナル伝達機構:その多様性と普遍性、進化(岩尾康宏教授と共同企画)」をはじめとして、たくさんの動物学研究者との出会いや情報交換の場を作っていただいています。ここ数年は、とくにそのような形で芽生えた人間関係の中で、日々研究活動だけでなくあらゆる面で、支えてもらい成長させてもらっていると感じています。この場を借りて、大きな感謝の念をあらわしたいと思います。そして、これからもこの学会を通して、実りのある研究成果を発信し続けられるよう精進したいと思います。

参考文献
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