学会賞・奨励賞関連

平成19年度 日本動物学会賞等の選考を終えて

社団法人日本動物学会 学会賞等選考委員会 委員長 阿形清和

 平成19年4月20日(金)、 浜松町貿易センタービル会議室にて、学会賞など選考委員会を開催した。倉谷滋(形態・細胞)、岡良隆(生理)、西田宏記(発生)、窪川かおる(内分泌)、阿形 清和(生化学・分子生物学、選考委員長)、馬渡峻輔(生態・行動)、笹山雄一(分類・系統・遺伝・進化)の7名の分野別選考委員全員の出席のもと選考作業を行った。各選考委員が全応募者の業績を前もって熟読した上で、3段階評価したものを持ち寄り、その総点を参考にしながら個別に議論して選考を行った。

平成19年度日本動物学会賞
 今年度は、昨年度の8件に比べると、応募が3件と少なく、かなり濃密に個々の応募について審議した。件数は少ないもののどの候補者の業績も高い水準にあり、選考は難航したが、以下の1件を平成19年度の日本動物学会賞として評議員会に推薦することを決定した。

対象となる研究テーマ:メダカの性決定に関する遺伝子・分子生物学的研究
候補者氏名・所属・職
1. 酒泉満 教授 / 新潟大学理学部自然環境科学科
2. 松田勝 准教授 / 宇都宮大学遺伝子実験施設

 推薦理由 メダカの性決定に関する研究は、1921年に會田龍夫が『体色の限性遺伝』、1951年に山本時男が『性ホルモンによる人為的性転換』を報告して世界を驚かせ、日本の動物学のお家芸ともいえる研究領域である。酒泉氏は、1980年代に日本各地の野生メダカを集めては、アロザイムやミトコンドリアDNAの解析によって、「一見同じに見える日本のメダカは北日本集団と南日本集団という2つの遺伝的に異なるグループがある」ことを見出した。そして、性決定遺伝子発見の道は、この北日本集団のY染色体を南日本集団由来の系統に導入して、X染色体と区別のつかなかったY染色体を標識したYコンジェニック系統の作出に成功するところからはじまった。松田氏は近交系メダカとYコンジェニック系統からのBACライブラリーを作成し、Y染色体にある性決定遺伝子を少しずつ絞りこんでいったのである。そして、最後に一つの遺伝子に絞りこみ、それがDMドメインをもつ転写因子をコードする遺伝子であったので、DMY遺伝子と命名し、Nature誌に報告した。この酒泉氏が長靴をはいて全国からメダカを集めたフィールドbasedサイエンスが、松田氏の地道なgene workingによってメダカの性決定遺伝子の同定へと展開した様は、日本動物学会賞にふさわしいものであり、今後においてもこのような日本発のオリジナルな研究が出て欲しいと切に願うものである。また、本研究は、脊椎動物の性決定の仕組みが多様化していることを示しており(哺乳類ではSry遺伝子が性決定遺伝子として同定されている)、最近の酒泉らの研究は、メダカ内においても性決定の仕組みが多様化していることを示唆しており、メダカの研究が、性決定の多様化の謎についても新たな知見をもたらすことが期待される。

 

平成19年度日本動物学会奨励賞
 応募者は7名の中から、異なる3分野で個性豊かな業績を挙げている以下の3名を奨励賞として評議員会に推薦した。

 太田欽也氏 (理研、発生・再生科学総合研究センター、研究員、33歳)の「ヌタウナギの発生学」は、1899年、卵塊がモントレー湾で偶然採取されて以来100年以上にわたって採集されることのなかったヌタウナギ初期胚(後期胚についてはいくつかの報告有り)を、綿密な調査と成体の確かな飼育技術を通じ、初めて人工環境下において得ることに成功、分子発生学的技術により、脊椎動物の進化を決定づけたといわれる神経堤の発生と進化に、遺伝子レベルで新しい知見をもたらしたものである。系統的に問題の多いヌタウナギ類を進化発生研究の対象とした意義が高く評価された。

 柁原宏氏 (北海道大学大学院理学研究院自然史科学分野、助手、34歳)の「紐形動物の系統分類学」は、紐形動物を分類するために、時に数mにも達する細長い柔軟な個体を、慎重に麻酔し、連続切片組織標本を作製し、体の横断面顕微鏡像を詳細に観察した。1個体で10,000枚を超える連続切片のデジタル画像から内部形態の立体構造を再構築する手法を紐形動物分類学において初めて取り入れ、分類学的センスに富んだ説得力のある種分類学を遂行してきた。分子系統解析と比較形態学にもとづいた高次分類群の分類形質の再検討を行うとともに、分類学の論理学的側面および情報学的役割に新しい考えを導入したことも高く評価された。

 出口竜作氏 (宮城教育大学、助教授、39歳)の「動物の卵成熟及び発生の開始機構の比較解析」は、卵成熟や発生の開始に際してトリガーとなる外部からの刺激とアウトプットとなる細胞周期制御をつなぐ細胞内情報伝達系のメカニズムについて,主に生理学的手段を用いて解析したものである。個々のメカニズムが動物全体に普遍的なものか,多様性に富むものか,系統進化と関連があるものか,ということを常に問い続け,それぞれの問題に適した新たな実験動物系を開発しながら研究する姿勢はきわめて独創的かつ動物学的である。これらの研究のほとんどすべてを主体的に企画・推進してハイレベルな成果をあげていることが高く評価された。
 

平成19年度各種基金
 安増基金については 応募者3名の中から2名(中村修平、児玉有紀の院生2名)を、江上基金・川口基金については応募者10名の中から4名(保住暁子、小林卓、佐藤千尋、中島啓介)を選考し、合計6名の若手に海外発表の支援を推薦した。
           

平成19年度OM賞
 OM賞については、上記7名の分野別選考委員の他に真行寺千佳子、松野あきらの2名を審査委員に加えて審査を行った。応募者2名の中から「コオロギの闘争行動にかかわるクチクラ体表物質識別の神経機構の解明」を行っている佐倉緑さん(北海道大学・電子科学研究所、学術研究員)を推薦することに決定した。

 今年度は、全般的に応募件数が少なかったのが残念であった。事務局からのメイルで全会員への案内を徹底しているが、最近はメイルでの会員通信を読まなくなっているのではないかとの懸念が呈された。学会賞については各分野からの積極的な推薦を促すとともに、一度応募して落選された方にも再度チャレンジしてもらいたいとの意見が多数の審査員からでたことを付記しておく必要があろう。また、若手の海外発表の機会をさらに増やすために、江上基金・川口基金については、年1回の応募から、年2回の応募に分けてできるようにすることを評議員会に提案することを決定した。これらの改善を活かして、動物学会の会員がより活発に研究活動ができる環境作りが進むことが期待された。