トピックス■絶滅したニホンオオカミの遺伝学的系統
 
絶滅したニホンオオカミの遺伝学的系統
 
石黒直隆 岐阜大学応用生物科学部(獣医学課程)

Zoological Science Award 2010受賞論文

Mitochondrial DNA Analysis of the Japanese Wolf

(Canis lupus hodophilax Temminck, 1839) and Comparison
with Representative Wolf and Domestic Dog Haplotypes
Naotaka Ishiguro, Yasuo Inoshima and Nobuo Shigehara
Zoological Science 26:765-770, 2009


ニホンオオカミに関するこれまでの研究と問題点
 ニホンオオカミ(Canis lupus hodophilax Temminck, 1839)は、明治38年に奈良県東吉野村で捕殺されたのを最後に絶滅されたとされている。この最後のニホンオオカミの標本はイギリスに送られて、現在では大英博物自然史館に保管されている。現存するニホンオオカミの剥製標本は極めて少なく、国内に3点(国立科学博物館、東京大学農学部、和歌山大学)と海外に1点(オランダ、ライデン国立自然史博物館)のみである。オランダに保管されているニホンオオカミは、シーボルトが江戸時代に来日した際に手に入れてオランダに送ったもので、ニホンオオカミのタイプ標本となっている。ニホンオオカミは、古くから日本各地に生息していたと考えられ、縄文時代の遺跡からも出土しているが、国内に現存する剥製や骨は意外と少ない。
 ニホンオオカミに関するこれまでの研究は、頭骨の形態的な計測から家犬(イヌ)や大陸の森林オオカミのものと比較するものが多かった。ニホンオオカミの形態的な計測値は、イヌよりは大きく、大陸オオカミより小さいことが一般的である。しかし、計測した頭骨サンプルの中には、「ヤマイヌ」と表記されたサンプルもあり、純粋なニホンオオカミのサンプルなのか、それともイヌとの交配による交雑種なのかなど、取り扱う上で混乱を招いていた。これは、地域によってニホンオオカミをヤマイヌと呼んでいたと推測されるが、その実態は不明である。これまでの研究では、ニホンオオカミは日本固有の動物としながらも動物学的な位置については、未だ明確な結論を得ていなかった。ニホンオオカミの形態的な特徴から、ニホンオオカミは、@大陸オオカミとは異なる特殊なオオカミである?Aイヌとの交雑により生まれたオオカミである?などといろいろと言われてきたが、実際のところは不明であった。
 本研究では、ニホンオオカミの遺伝的な特性を明らかにする目的で、形態的にニホンオオカミと同定された骨から、ミトコンドリアDNA(mtDNA)を分離・増幅して解析した。特にイヌや大陸のオオカミと比較してニホンオオカミの分類学上の位置づけを明らかにした。ニホンオオカミは、絶滅した動物であることから、解析試料の採取には、形態的な特徴を損なわないように配慮した。また、生息域の地域性も十分に考慮して、本州、四国、九州の各地域で捕獲され保存されているサンプルを用いた。
ニホンオオカミの形態的特徴
 今回解析したニホンオオカミ8サンプル(JW229, JW237, JW239, JW240, JW255, JW257, JW258, JW259)の骨の外形と由来を図1に示した。どのサンプルとも捕殺された時代は正確には明らかではないが、古いもので、熊本市博物館に保管されている京丈山洞穴由来のニホンオオカミJW240は14C年代測定で室町〜江戸時代とされる。また、高知県仁淀村のJW229は江戸時代天保年間のものとされている。ニホンオオカミのサンプルについては一部破損しているものも見られたが、保存状態は非常によく、乾燥した肉片が骨にへばりついているサンプルもあった。DNA分析には主に下顎骨から電気ドリルにて穴をあけて採取した骨粉を用いたが、JW240については、四肢骨から採取した骨粉を用いた。今回解析したニホンオオカミの頭蓋骨の特徴として、@頭蓋骨最大長がイヌよりは長いこと、Aストップが浅いこと、B外矢状稜がよく発達していることが挙げられる。下顎骨では、第一臼歯(M1)が比較的大きいのが特徴である。解析したニホンオオカミの形態的な計測値を表1に示した。また、本研究では東京大学総合研究博物館に保管されている長谷部言人博士が収集したサンプル集(長谷部コレクション)の中で、オオカミと表記されているサンプルについても骨粉を採取して古DNA分析した。これらのサンプルのほとんどは、縄文時代、あるいは縄文時代以前の地層から出土したものである。そのサンプル中には、ニホンオオカミに比べてはるかに大型のサンプル(葛生、佐川)も含まれる一方、形態的に小さくむしろイヌに分類されるべきサンプルも含まれていた。また、長谷部コレクションの中には、シベリアオオカミ(Wolf251)、あるいはチョウセンオオカミ (Wolf252)と表記された大陸のオオカミサンプルも保管させており、ニホンオオカミとの比較に用いた(表1)。
表1.
ニホンオオカミの遺伝的解析
 遺伝的な解析は、骨に残存する遺伝子を増幅することにより実施した。これまでの古代犬のDNA研究の実績を基に、mtDNAコントロール領域の約600bpを増幅してイヌおよびオオカミのDNA塩基配列と比較することによりニホンオオカミの遺伝的な特徴を明らかにした。ニホンオオカミJW259のみが目的の領域をDNA増幅ができなかったことを除いて7サンプルから590bp〜598bpの塩基配列を増幅した。驚いたことに、イヌや大陸のオオカミの配列と比較すると、8サンプルに共通して特定な10塩基座に塩基置換が検出され、ニホンオオカミの特異性が示された。また、サンプル番号JW237では、8塩基の欠損が特異的に観察された。この欠損は、これまで構築したイヌのデータバースでは紀州犬の一頭にのみ観察された欠損であった。
 長谷部コレクションサンプルの解析では、大陸のオオカミ(Wolf251とWolf252)を除いて6サンプルの出土時代は古く、遺伝子の増幅が十分にできなかった。わずかに縄文中期の杉田遺跡から出土した骨から、197bpのmtDNAを増幅したのみであり、得られた197bpの配列もこれまでに報告されているイヌの配列と一致した。大陸のオオカミ2サンプル(Wolf251と Wolf252)は、採取された時代が新しいこともあり、遺伝子の増幅は容易であった。
 遺伝子増幅したニホンオオカミ7サンプル(590bp〜598bp)の遺伝的系統を明らかにする目的で、これまで報告されているイヌおよびオオカミ由来の塩基配列と比較して系統解析を行った(図2)。その結果、ニホンオオカミ7サンプルは、イヌおよびオオカミ集団とは離れた部位に位置し単系統を形成した。このニホンオオカミの系統に近いサンプルとして紀州犬一頭とハスキー犬一頭が検出された。この2頭のmtDNA配列は、ニホンオオカミと極めてよく似たmtDNA配列を有していた。長谷部コレクションのWolf251とWolf252は、オオカミ集団の中に位置し、遺伝的にも大陸のオオカミであることが明らかとなった(図2)。
ニホンオオカミの遺伝的特徴や系統
 今回解析したニホンオオカミ8サンプルは、雌雄や年齢は不詳であるが、形態的には共通した形質をよく保持していた。頭蓋骨の最大長は、大型の秋田犬よりも大きく大陸のオオカミよりは小さい。特にストップが浅くて外矢状綾がよく発達していた。下顎骨の特徴としては、全長が長いことも特徴であるが、第一永久歯(M1)が比較的大きい。計測値からのみではなかなか判断がつきにくいかもしれないが、ニホンオオカミの頭蓋骨と下顎骨を数体観察すると、この動物に共通した形質の特徴が見出される。その意味では、ニホンオオカミは、形態的な変異が乏しく極めて均一性を有する動物であったと言える。形態的な均一性は、遺伝的な解析からも支持される。本研究ではmtDNAのコントロール領域600bpの塩基配列の系統解析を行ったが、結果的にはほぼ単一系統のグループに集約され、形態的な均一性を遺伝的にも裏付けた結果となった。本来、イヌとオオカミは同一種であり、イヌはオオカミの家畜化により作り出された動物であることから、イヌとオオカミをmtDNAの遺伝子解析で明確に区別することは困難である。オオカミ集団のクラスターにイヌ集団が入りこんでも何ら不思議ではなく、図2に示した系統樹もそうした遺伝的関係を示している。ただし、今回の解析から、ニホンオオカミがイヌ集団やオオカミ集団とは独立した系統を形成したことは、ニホンオオカミが独立性を有する祖先から由来したことを示している。また、ニホンオオカミの系統の中に、紀州犬とハスキー犬のmtDNAが一頭づつ検出されたのも、極めて興味深い。これら個体がニホンオオカミと直接に遺伝的な関係を有していたとは考えにくいが、幾世代前には同じ祖先から由来した可能性もある。
 さて、ニホンオオカミは大陸のオオカミの末裔であろうか?それともイヌとの交雑によりできた動物であろうか?過去の事象を今回の成績から正確に答えることは困難であり、あくまでも推測の域をでない。あくまでも推測であることを前提にニホンオオカミの由来や分類学上の位置づけについて述べてみたい。ニホンオオカミは、遺伝的には大陸のオオカミの一系統に由来し、日本へ渡来した時期はかなり古いものと考えられる。ニホンオオカミは北海道では検出されていないことから、最終氷期(17,000〜22,000年)よりは前に、朝鮮半島を経由して九州、四国、本州に渡来したものと思われる。恐らく、渡来した集団は小さく遺伝的な変異の少ない形で明治時代まで小集団として日本各地に生息したものと思われる。今回解析した九州、四国、本州で捕獲したニホンオオカミのサンプルに遺伝的な地域性が見られないのもそうした考え方を支持する。ニホンオオカミは日本列島に渡来後、島しょう化により大陸のオオカミに比べて体格が小さくなり、大陸のオオカミとは隔離した形で日本列島に閉じ込められたものと考えられる。私見であるが、絶滅したニホンオオカミが明治中期まで日本列島に生息していたことを考えると、なんと興味深い動物を絶やしてしまったことかと悔やまれる。
高解像度図版
表1

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