平成23年度動物学会賞等の選考を終えて
 
社団法人日本動物学会         
学会賞等選考委員会 委員長 西田宏記


平成 23年度の学会賞、奨励賞、女性研究者奨励OM賞の授与候補者を選考する学会賞等選考委員会が6月3日(金)、名古屋のプライムセントラルタワーの会議室において開催された。選考は 内分泌、形態・細胞、生理、発生、生化学・分子生物学、生態・行動、分類・系統・遺伝・進化の各分野から7名(浅見崇比呂、高橋純夫、寺北明久、西田宏記、松島俊也、上村慎治、見上一幸)の選考委員が全員出席して行われた。学会賞は9名、奨励賞は16名、OM賞は4名の応募があった。それぞれの賞の選考規程に基づき、推薦書(学会賞と奨励賞)と申請書(OM賞)の内容を詳細に審議した。最終的には、全員一致で、学会賞2名、奨励賞3名、OM賞2名の会員を候補者として理事会に推薦することとした。

平成23年度日本動物学会賞

応募者は9名であった。動物学は広範な学問領域からなるが、ほとんどの応募者はそれぞれの領域を代表する優れた研究者であり、選考規程にある「学術上甚だ有益で 動物学の進歩発展に重要かつ顕著な貢献をなす業績をあげた研究者」の条件を満たしていた。その結果、高い水準での審議となった。選考は困難を極めたが、応募者の研究内容、研究業績、動物学の進歩発展への貢献度について詳細に審議した結果、2名の候補者を理事会に推薦することとした。

受賞者氏名・所属・職
水波誠(みずな みまこと)・北海道大学大学院理学研究院・教授
対象となった研究テーマ
「昆虫微小脳の機能的設計に関する研究」

井口泰泉(いぐち たいせん)・自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター・教授
対象となった研究テーマ
「内分泌かく乱化学物質の生物影響に関する研究」


推薦理由

水波誠会員は、昆虫の神経系とその設計原理に関する卓越した研究により、動物行動の発現機構の理解に新しい展開をもたらした。昆虫はその小さな体に、わずか100万個ほどの神経細胞しか備えていない。その脳が、数百億個の素子からなる我々ヒトの巨大脳に匹敵するほどの高度な知覚と運動制御の能力を備えていることに着目し、昆虫の脳を「微小脳」と名付けた。コオロギ・ゴキブリ・アリを対象に、行動学・心理学・生理学・組織学・薬理学・情報工学の多様な手法を統合的に駆使して研究を進めている。成果は多岐にわたり、単眼系の明暗処理、嗅覚学習における新しい「水波‐宇ノ木モデル」の提唱、社会性昆虫のフェロモン受容、空間定位と運動制御におけるキノコ体の機能解明、昆虫におけるパブロフ型連合学習の証明など、数多くの研究成果が国際的一流誌に掲載され、日本の神経行動学研究が世界をリードする水準にあることを立証した。昆虫にとどまらず、無脊椎動物の微小脳の系統進化に関する造詣も深く、微小脳研究を一般向けに分かりやすく紹介した著作によって、動物学の成果を広く社会に還元する活動を続けている。「昆虫微小脳の設計原理の理解」を著しく進展させた水波誠会員の研究は学会賞としてふさわしいと判断し、候補者として推薦した。

 井口泰泉会員は,内分泌かく乱物質の生物に及ぼす影響を無脊椎動物から哺乳類に至る様々な生物種を対象に解析し,数多くの知見を発見し学術的に重要な成果をあげてきた。ステロイドホルモンによる内分泌制御を乱す外因性の化学物質が内分泌かく乱化学物質,いわゆる環境ホルモンである。『環境ホルモン』は,井口氏により提唱された造語であり,環境ホルモン問題をわかりやすく解説されてきたことは,井口氏の特筆されるべき社会貢献である。井口氏は,マウスへの出生直後のエストロゲン曝露が成長後に生殖器官に変異をもたらす仕組みの解明を1970年代から開始し,この現象の分子・細胞機構を解明し世界のリーダーとして活躍してきている。さらにその後,多数の生物種を対象とし,環境ホルモンの影響を明らかにしてきた。なかでも,環境ホルモンのミジンコへの影響調査から生み出されたミジンコの性決定遺伝子の同定に関する研究は,井口氏の類い稀な洞察力と独創的な研究スタイルから生み出されたものである。井口氏の研究は我国の動物学の学問水準の高さを世界に証明するものであり,動物学の発展に多大な貢献を行ってきた。以上の理由により,井口氏の研究は学会賞としてふさわしいと判断し、候補者として推薦した。

 
平成23年度日本動物学会奨励賞

応募者 は16名であった。ほとんどの応募者は、選考規程にある「活発な研究活動を行い将来の進歩発展が強く期待される若手研究者」の条件を満たしており、学会賞と 同様に高い水準での選考となった。応募者の研究内容、研究業績、将来の発展性について詳細に審議した結果、応募者が多かったこともあり通常よりも一人多い3名の候補者を理事会に推薦することとした。

受賞者氏名・所属・職
児玉有紀(こだま ゆうき)・高知大学教育研究部自然科学系理学部門・助教
対象となった研究テーマ
「繊毛虫ミドリゾウリムシと共生クロレラとの細胞内共生成立機構の解明」

三浦徹(みうら とおる)・北海道大学大学院地球環境科学研究院・准教授
対象となった研究テーマ
「昆虫類における社会性と表現型可塑性に関する生態発生学」

矢澤隆志(やざわ たかし)・福井大学医学部分子生体情報学・学内講師
対象となった研究テーマ
「ステロイドホルモン産生の分子機構の解明」
推薦理由

 児玉有紀会員は、繊毛虫ミドリゾウリムシへの共生クロレラの細胞内共生成立について、オリジナルな手法により感染ルートの詳細な過程を明らかにした。これまで真核細胞の進化にかかわって「細胞内共生」は、多くの進化生物学研究者からも注目されてきたが、児玉氏は原生動物と藻類の細胞内共生に着目して、ミドリゾウリムシとクロレラの関係をモデルとして、二次共生の成立機構を明らかにしようとした。このモデル系の特徴は、宿主と細胞内共生生物が単独で生存が可能で、実験室で細胞内共生の成立過程を再現が可能であることである。大学院博士課程から一貫してこの研究課題に取り組み、高知大学に就職後も熱心に取り組んでおり、研究に対する真摯な姿勢は、他の若手の女性研究者にもとっても大きな励みと思われる。クロレラを共生生物として持つ動物は多いが、これまでに明らかにされた二次共生の成立過程に関する成果は、今後、細胞内共生による細胞進化の機構解明のためのモデルとして大きな貢献が期待される。

三浦徹会員は、同一ゲノムを持つものの形態に多様性を示す表現型可塑性について研究を行っている。表現型可塑性は、生物に普遍的である。進化生態学ではreaction normともよばれ、その生態・生理機能と適応的意義の研究が一世を風靡して久しい。ほぼ平行して、発生過程の遺伝子発現を異なる生物間で比較する進化発生学が進展した。両者は、30年にわたり、まったく別の領域であった。三浦徹氏は、両者をまたぐ生態進化発生学(eco-evo-devo)あるいは生態発生遺伝学の開拓者である。今日ならではの遺伝子発現解析を駆使し、社会性昆虫のカースト分化機構、アブラムシの翅多型・繁殖多型、ミジンコの捕食誘導防御、クワガタムシの大顎多型にみられる、環境に依存して形態が機能的に分化する発生機構を解明しつつある。カースト間で著しく異なる機能形態の発生遺伝学的な研究は、今後の飛躍的な発展が期待されるソシオゲノミクスの先駆けとして世界的に評価されている。

矢澤隆志会員は,間葉系幹細胞から生殖腺や副腎のステロイドホルモン産生細胞の分化誘導を世界に先駆けておこない,ステロイドホルモン産生の分子機構の解明において顕著な業績を挙げている。矢澤氏は,ステロイドホルモン産生器官における細胞分化やホルモン産生の分子メカニズムを解明するために,間葉系幹細胞を用いた分化モデル系を確立した。この間葉系幹細胞に SF-1 を強制発現させ, ゴナドトロピンのセカンドメッセンジャーである cAMP を培地に添加したところ,すべての細胞が精巣のライディッヒ細胞様の細胞に分化した。同様に副腎皮質様の細胞にも分化させることに成功している。さらに,この分化モデル系を用いて,魚類に特異的であると考えられていたアンドロゲン(11-KT: 11-ケトテストステロン)産生経路が,マウスやヒトにまで保存されていることを証明している。この間葉系幹細胞の分化モデル系を用いた研究から,今後もステロイドホルモン産生と細胞分化に関する新知見が得られることが期待される。


 
平成23年度女性研究者奨励OM賞

女性研 究者奨励OM賞は、「女性研究者による動物学発展への新たな試みを奨励することを目的としており、特に、安定した身分で研究を続けることが困難であるが、 強い意志と高い志を持って研究に意欲的に取り組もうとする優れた女性研究者」に贈られる。応募者は6名であった。OM賞の趣旨に基づき、4名の応募者の研究内容、研究に対する姿勢、研究環境等を詳細に審議した結果、2名 の候補者を理事会に推薦することとした。

受賞者氏名・所属・職
土原和子(つちはらかずこ)・同志社大学ニューロセンシング・バイオナビゲーション研究センター・嘱託研究員
対象となった研究テーマ
「有害物質の無毒化に関わる調節タンパク質の同定と機能解析」

受賞者氏名・所属・職
四宮愛(しのみやあい)・慶応義塾大学法学部自然科学(生物)・助教
対象となった研究テーマ
「性決定機構の多様化をもたらす性関連遺伝子の種内変異」

応募者の研究内容はいずれも優れたものであった。中でも、土原和子会員は嘱託研究員、四宮愛会員は期限付き助教であり、共に安定した身分で研究を続けることが困難な状況にありながら、研究に対する情熱を失うことなく研究を継続して優れた業績をあげている。特に、この2名については、OM賞の性格から重視すべき点として上げられる、研究者としての独立性、研究遂行における様々な障害の有無と研究姿勢、将来性のいずれにおいても高く評価された。

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