トピックス■ハナカマキリの匂いを使ったミツバチ捕食戦術

Takafumi Mizuno, Susumu Yamaguchi, Ichiro Yamamoto, Ryohei Yamaoka and Toshiharu Akino (2014) “Double-Trick” Visual and Chemical Mimicry by the Juvenile Orchid Mantis Hymenopus coronatus used in Predation of the Oriental Honeybee Apis cerana.  Zoological Science 31(12):795-801. 
 
 東南アジアに生息するハナカマキリHymenopus coronatusは、花に酷似したその外見から、花に紛れて待ち伏せすることで、花の蜜や花粉を目当てに訪花する虫を捕食するのだと信じられていました。しかし、ハナカマキリが実際にどんな場所で獲物を待ち伏せし、どんな種類の昆虫を捕食するのかを調べた研究はありませんでした。また、ハナカマキリは幼虫と成虫とで見た目がかなり異なります。幼虫は腹部を上に反り返らせて花弁のように見せかけ、その色も形態も花に似ている(図1左)のに対して、翅の生えた成虫は腹部を反り返らせることができず、一般的なカマキリに似た姿になります(図1右)。このように、花への似具合が異なるハナカマキリの幼虫と成虫が、同じようなやり方で獲物を捕らえるとは思えません。


 図1 ハナカマキリ幼虫(左)と成虫(右)

 そこで、ハナカマキリの生息地で、幼虫と成虫の待ち伏せ場所と獲物の種類を調べてみることにしました。すると、成虫は花の上で待ち伏せするのに対し、幼虫は葉の上で待ち伏せすることが分かりました。成虫が捕獲した餌昆虫はチョウ類をはじめ、花に訪れる様々な種類の昆虫に及んだのに対して、幼虫が捕獲した餌昆虫の80%は一種類の昆虫;トウヨウミツバチApis cerana ceranaでした。葉の上で待ち伏せするハナカマキリの幼虫が、それほどまでにトウヨウミツバチばかりを捕獲できるのはなぜなのでしょうか?
 
 私たちは、ハナカマキリの幼虫がトウヨウミツバチだけを誘引するような匂いを出しているのではないかと考えました。トウヨウミツバチを含むミツバチの仲間は、集団生活をするために、家族個体間でのコミュニケーションが非常に発達しています。そして、そのコミュニケーションには主に情報化学物質を使っているのです。そのような情報化学物質には仲間を呼びよせる=誘引するものもあり、基本的に同種のハチに対してのみ効果を発揮します。それと似たような情報化学物質をハナカマキリの幼虫が使っているのではないかと考えたわけです。
 
 ハナカマキリ幼虫の顎周辺に含まれる化学物質を分析すると、3-ヒドロキシオクタン酸(3HOA)と10-ヒドロキシ-2-デセン酸(10HDA)という2種類の物質が含まれていました。これらの物質は、トウヨウミツバチ自身も持ち合わせており、仲間のトウヨウミツバチを誘引する作用を持つことが知られています。ちなみに、ハナカマキリ成虫の顎周辺も調べてみましたが、これらの物質は持っていませんでした。
 
 次に、ミツバチを捕獲しようとしているハナカマキリの幼虫が、顎周辺からこれらの物質を体外に放出するのかどうかを確認するために、その幼虫の頭部周辺の空気を捕集して分析しました。すると、ミツバチを捕獲しようとしているハナカマキリ幼虫からは、その頭部周辺に3HOAが放出されていることが確認できました。また、ミツバチを狙っている時の3HOAの放出量は、ミツバチを狙っていない時よりも多くなっていました。
 
 実際にハナカマキリの幼虫が分泌するのとおおよそ同量程度の3HOAや10HDAを花畑に仕掛けてみました。すると、訪花中のミツバチは、仕掛けた3HOAと10HDAの混合物に対して興味を示し、匂いのほうへとよって来ました。
 
 以上の結果から、ハナカマキリの幼虫はトウヨウミツバチの化学コミュニケーションに関係する2種類の物質3HOAと10HDAを放出して、トウヨウミツバチをおびき寄せていることが分かりました。
 

 幼虫ほど見た目が花に似ていないハナカマキリの成虫は、生息地でも、咲いている花に紛れていることが多かったことから、幼虫とは違った方法で餌昆虫を捕獲しているものと考えられます。実際に、3HOAと10HDAを持たないハナカマキリの成虫にはトウヨウミツバチをおびき寄せることができません。その代わりに、成虫は花に紛れて待ち伏せすることで、花を訪れる昆虫を捕らえると考えられます。また、花での待ち伏せは幼虫ほど花に似ていない成虫の姿を見つかりにくくするという利点もあるかもしれません。一方、成虫と比べて非常に花に似ているハナカマキリの幼虫は、花に紛れるまでもなく、葉の上で自分が花であると相手をだますことで餌の昆虫に警戒されにくいのでしょう。また、3HOAと10HDAでミツバチをおびき寄せることができるので、餌昆虫が訪れる花で待ち伏せる必要もないのです。
 
 ハナカマキリは“花に紛れて(花で待ち伏せをして)、花を訪れる虫を捕食する”と考えられてきましたが、それには論拠がありませんでした。成虫のハナカマキリは、確かに花の上で待ち伏せし、花を訪れるハチやチョウを捕らえていましたが、幼虫は単身葉の上で花に成りすまし、標的だけを誘引するような化学物質を使うことで特定の餌昆虫を効率よく捕らえていたのです。つまり、ハナカマキリの幼虫は見た目の擬態だけではなく、匂いの擬態も併せ持つような捕食戦略をもっていたのです。ハナカマキリのような派手な外見をした生物は、その外見に注目されがちですが、派手な見た目以外にも生き抜くための驚くべき方法を併せ持っている生物が他にも存在していそうです。
 

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