そこで、ハナカマキリの生息地で、幼虫と成虫の待ち伏せ場所と獲物の種類を調べてみることにしました。すると、成虫は花の上で待ち伏せするのに対し、幼虫は葉の上で待ち伏せすることが分かりました。成虫が捕獲した餌昆虫はチョウ類をはじめ、花に訪れる様々な種類の昆虫に及んだのに対して、幼虫が捕獲した餌昆虫の80%は一種類の昆虫;トウヨウミツバチApis cerana ceranaでした。葉の上で待ち伏せするハナカマキリの幼虫が、それほどまでにトウヨウミツバチばかりを捕獲できるのはなぜなのでしょうか?
私たちは、ハナカマキリの幼虫がトウヨウミツバチだけを誘引するような匂いを出しているのではないかと考えました。トウヨウミツバチを含むミツバチの仲間は、集団生活をするために、家族個体間でのコミュニケーションが非常に発達しています。そして、そのコミュニケーションには主に情報化学物質を使っているのです。そのような情報化学物質には仲間を呼びよせる=誘引するものもあり、基本的に同種のハチに対してのみ効果を発揮します。それと似たような情報化学物質をハナカマキリの幼虫が使っているのではないかと考えたわけです。
ハナカマキリ幼虫の顎周辺に含まれる化学物質を分析すると、3-ヒドロキシオクタン酸(3HOA)と10-ヒドロキシ-2-デセン酸(10HDA)という2種類の物質が含まれていました。これらの物質は、トウヨウミツバチ自身も持ち合わせており、仲間のトウヨウミツバチを誘引する作用を持つことが知られています。ちなみに、ハナカマキリ成虫の顎周辺も調べてみましたが、これらの物質は持っていませんでした。
次に、ミツバチを捕獲しようとしているハナカマキリの幼虫が、顎周辺からこれらの物質を体外に放出するのかどうかを確認するために、その幼虫の頭部周辺の空気を捕集して分析しました。すると、ミツバチを捕獲しようとしているハナカマキリ幼虫からは、その頭部周辺に3HOAが放出されていることが確認できました。また、ミツバチを狙っている時の3HOAの放出量は、ミツバチを狙っていない時よりも多くなっていました。
実際にハナカマキリの幼虫が分泌するのとおおよそ同量程度の3HOAや10HDAを花畑に仕掛けてみました。すると、訪花中のミツバチは、仕掛けた3HOAと10HDAの混合物に対して興味を示し、匂いのほうへとよって来ました。
以上の結果から、ハナカマキリの幼虫はトウヨウミツバチの化学コミュニケーションに関係する2種類の物質3HOAと10HDAを放出して、トウヨウミツバチをおびき寄せていることが分かりました。