トピックス
ヒメギボシムシの再生
 
有本飛鳥・佐々木あかね・田川訓史(広島大学大学院理学研究科附属臨海実験所)

Zoological Science Award 2011 受賞論文

 
ZOOLOGICAL SCIENCE 27: 91-95
Tom Humphreys, Akane Sasaki, Gene Uenishi, Kekoa Taparra, Asuka Arimoto and Kuni Tagawa
Regeneration in the Hemichordate Ptychodera flava

ギボシムシとは
 ギボシムシは,半索動物門に分類される海産無脊椎動物であり,多くの種は海底に巣穴を掘り,泥や砂に含まれる有機物を土壌ごと食べていると考えられています。ギボシムシの体表は粘液で覆われており,粘液にはハロゲン化合物が含まれているため独特の匂いがします。また体は非常に伸縮性に富んでおり,完全に伸長すると収縮した状態の2,3倍の長さになることも珍しくありません。
 しかし,このようなミミズに似た外見(図1)とは裏腹にギボシムシはヒトを含む脊索動物と近縁な動物です。ギボシムシの体は,前方から吻,襟,体幹という3つの領域に分けられます(図2)。吻の内部には口盲管とよばれる脊索に類似した器官があり,半索動物という名前はこの器官に由来します。襟の背側には中空の神経索,体幹の前半部には鰓裂が存在し,これらは脊索動物に特徴的な形質です。脊索動物との類縁関係はその発生様式にも見ることができ,ギボシムシの原口は脊索動物と同じく幼生の肛門になり,口は原口とは別の部位で二次的に開口する新口動物型の発生をします。
 このように脊索動物と共通した特徴を多くもつギボシムシですが,脊索動物よりはるかに高い再生能力をもちます。どのくらい再生能力が高いかというと,半分にちぎれた体の断片からそれぞれ完全な個体を再生することが可能です。この再生能力の高さは,ギボシムシの体が非常にちぎれやすいことと関係しているのかもしれません。
 
図1. ヒメギボシムシの成体写真。
この個体は成熟したオスであり,前方を写真左側に向けている。

 
図2. ヒメギボシムシの背面模式図。
体は大きく三つの領域に分けられる;前方から順に,吻(前体),襟(中体),体幹部(後体)。成熟した個体では生殖翼が肥大するとともに生殖翼の色がオスは乳黄色,メスは黄色になるため雌雄の判別ができるようになる。

再生とは
 再生とは失った器官や部位をその生物が本来もつ能力で取り戻すことです。この現象は動物のみならず生物界に広く見られますが,再生能力は種によって大きく異なります。
 例えば扁形動物のプラナリアは,体を細かな断片に切り分けてもそれぞれの断片が完全な個体に再生します。脊椎動物であるイモリは,四肢を切断したり網膜を切除してもそれらを再生しますが,体を細かな断片にしてしまうと再生することはできません。そして我々ヒトが再生できるのは,皮膚や肝臓といった一部の部位や器官に限られています。
 再生を支える細胞の分化様式は大きく2種類に分けられます。1つ目は,未分化な状態に保たれている細胞(幹細胞)が傷口に移動して増殖し,失われた部分を形成するタイプであり,プラナリアの再生がこのタイプに当てはまります。2つ目は,傷口周辺の分化した細胞がいったん未分化な状態に脱分化したのち,再分化して失われた部位を形成するタイプで,イモリに代表される両生類などの再生で見られます。
ギボシムシの再生:過去の研究
 ギボシムシの再生の研究は,体を分割して形態の変化を観察したり,それぞれの部位から完全な個体に再生する割合を調べるという研究が古くから行われてきました (Dawydoff, 1902, 1909; Rao, 1955; Tweedell, 1961)。それらの結果から,再生しやすい方向や切断部位があると考えられており,我々が用いているヒメギボシムシでは,体の前方部分を失った場合に再生が起こりやすい傾向があります。ギボシムシは心臓などが体の前方にあるため,これらをもたない後方部分からの再生が起こりやすいというのは奇妙に感じられるところです。
 一部の種では切断された前方部分がさらに複数の再生芽体に分かれ,これらが個体になることが報告されています (Gilchrist, 1923; Nishikawa, 1977; Packard, 1968; Peterson and Ditadi, 1971)。また,野外でも鰓や生殖巣を持たない個体や肝盲嚢より後部をもたない個体が観察されるため,再生による無性生殖は珍しくないと考えられています。しかしながら,再生能力自体は高いものの実験室内の飼育環境下では温度や水質などの条件が悪いと再生が起こりにくいことがしばしば見受けられます。
ギボシムシの再生:本研究で明らかになったこと
1. 再生過程における形態的変化
 我々は,複雑な構造を有するギボシムシの前方部分の再生に着目し,5-12cm程度の大きさの個体を鰓の後方で切断して前方部分を再生する過程を観察しました(図3)。
 尾の先から3cm以内の部分で切断した場合,前方部分の再生に失敗する確率が高くなりましたが,一方で,襟の中央で切断しても前方部分の再生は襟の後方で切断した場合と同じ割合で生じました。これらの結果から,過去の報告と同様に切断位置が再生に影響を与えることが示されました。また,比較的大きな個体では,吻が2つ形成されることがごくまれに見られました。
 ギボシムシの再生では,失われた体は切断部位から最も遠い部分から順に作られ始めます。つまり,前方部分を再生する場合は吻の先端から,後方部分を再生する場合は体幹の最後部から形成されていきます。我々はヒメギボシムシの再生を大きく3段階に分けました(図3)。
 第1段階は傷口の修復と閉塞であり,再生芽が形成される前の段階です。切断から2日経つと切断面は滑らかになるとともに大きく膨れ(図3C),3日目までには傷口が完全に閉じます(図3D)。
 続く第2段階では再生芽の形成および肥大が起こります。閉じた傷口には小さな再生芽が形成される(図3C)とともに,生じた再生芽は急速に大きくなり(図3E-F),切断後1週間までには吻と襟になる部分がそれぞれ隆起します(図3G)。襟になる部分の隆起は腹側から背側に向かって肥大を続けます。切断後5〜7日の間に口が吻の腹側の付け根に開きます。切断後2週間で,吻が元の大きさになり(図3H),再び穴を掘るようになります。
 第3段階は鰓領域の形成です。まず,鰓の再生に先立って,襟が元の大きさに戻るとともに,再生した襟の後方に色素の薄い再生芽のような組織が生じます(図3I)。体を切断して1か月程度で,この新たに生じた組織から鰓が作られ始めます。
 失われた部分を完全に再生するには約5週間が必要です。また,再生した部分は色素が薄く白っぽく見えますが,再生を始めて約3か月後には以前と同じ色合いに戻ります。
図3. ヒメギボシムシの前方部再生過程。
A 切断前。切断部位を矢尻で示す。
B 切断直後の後方断片。
C 切断2日後。傷口が滑らかになるとともに膨らむ。
D 切断3日後。傷口が閉じ,ごく小さな再生芽が形成され始める。
E 切断4日後。小さな再生芽が見られる。
F 切断5日後。再生芽が目立つようになる。
G 切断7日後。吻と襟の隆起がはっきりするようになる。
H 切断12日後。吻と襟が完全に再生する。
I 切断17日後。襟の後ろに新しい組織が作られ,鰓の再生が始まる。

Zoological Scienceより転載。

2. 再生芽の形成機構について
 再生の形態的変化についての研究は過去にも多く行われてきましたが,ギボシムシの再生芽がどのようにして形成されるのかについては十分な研究がなされていません。プラナリアのように体中に散らばった多能性の幹細胞から再生芽が作られるのか,またはイモリのように傷口の細胞が脱分化して再生芽を作り上げるのかということは未だに明らかになっていません。
 電子顕微鏡で再生芽表面の微細構造を観察したところ,再生芽の表面は繊毛に乏しいことが明らかになりました(図4A)。切断前のギボシムシの体表細胞は密生した繊毛で覆われているため(図4B),再生芽の細胞は傷口周辺の細胞がそのまま寄り集まったものではないということがわかります。
 また,再生芽ではPf-SoxB1遺伝子の発現が認められました(図5)。Pf-SoxB1はiPS細胞の作製に重要なSox2 (Takahashi and Yamanaka, 2006) と起源を同じくする遺伝子です(Taguchi et al., 2002)。以上の結果からヒメギボシムシの再生中の細胞は,成体の分化した細胞とは異なる状態にあることが示唆されます。
図4. ヒメギボシムシ再生芽表面の走査型電子顕微鏡像。
A 再生芽の表面。ごくわずかな細胞が繊毛を備える。
B 本来の表皮。体表面の細胞は,繊毛が密生している。
Zoological Scienceより転載。

図5. 切断後5日目の再生芽におけるPf-SoxB1遺伝子の発現。
紫色に染まっている部分でPf-SoxB1が発現している。
p, 吻になる部分。
c, 襟になる部分。
o, 切断する前からある再生芽でない部分。

Zoological Scienceより転載。

今後の展望
 本研究では,ヒメギボシムシの再生過程において未分化な細胞が生じる可能性が示されましたが,その性質や由来を決定づける証拠は得られていません。多くの動物の再生で未分化な多能性幹細胞が重要な役割を担うことが知られているため,今後は本研究で観察された細胞が多能性幹細胞であるか確かにする必要があります。そのような幹細胞が再生芽に存在するならば,それは傷口から離れた場所から移動してくるのか,それとも傷口周辺の細胞が脱分化して生じるのかということも明らかにしなければなりません。
 あわせて他の生物で報告されている再生に関与する因子が,ギボシムシの再生においても同様に働いているのか検証することで,ギボシムシの再生に対する分子レベルでの理解が深まると考えられます。
 現在,ヒメギボシムシのゲノムを解読するプロジェクトを進めています。ゲノム情報が得られれば,先に述べた他の生物との再生関連因子の比較や再生に重要なギボシムシ特有な遺伝子についての研究がより円滑に進められるようになります。得られた個々の知見を再生にかかわる遺伝子ネットワークとして統合し,様々な生物と比較することで,再生能力の獲得や喪失について手がかりが得られるでしょう。さらに,この遺伝子ネットワークの解析が,我々ヒトの再生能力が低い原因の解明や再生能力を高める方法の開発に役立つことも期待されます。
引用文献
Dawydoff C. (1902) Über die Regeneration der Eichel bei den Enteropneusten. Zool Ans 25: 551-556

Dawydoff C. (1909) Beobachtungen über den Regenerationsprozess bei den Enteropneusten. Z Wiss Zool 93: 237-305

Gilchrist JDF. (1923) A form of dimorphism and asexual reproduction in Ptychodera capensis (Hemichordata). J Linn Soc Lond 35: 393–398

Nishikawa T. (1977) Preliminary report on the biology of the enteropneust, Ptychodera flava Eschscholtz, in the vicinity of Kushimoto, Japan. Publ Seto Mar Biol Lab 23: 393-419

Packard A. (1968) Asexual reproduction in Balanoglossus (Stomachordata). Proc R Soc 171: 261-272

Petersen JA, Ditadi ASF. (1971) Asexual repooduction in Glossobalanus crozieri (Ptychoderidae, Enteropneusta, Hemichordata). Mar Biol 9: 78-85

Rao KP. (1955) Morphogenesis during regeneration in an enteropneust. J Anim Morphol Physiol. India, 1: 1-7

Taguchi S, Tagawa K, Humphreys T, Satoh N. (2002) Group B sox genes that contribute to specification of the vertebrate brain are expressed in the apical organ and ciliary bands of hemichordate larvae. Zool Sci 19: 57-66

Takahashi K, Yamanaka S. (2006) Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell 126: 663-676

Tweedell KS. (1961) Regeneration of the enteropneust, Saccoglossus Kowalevskii. Biol Bull 120: 118-127

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