トピックス■温暖化によるクマゼミの孵化時期と梅雨の同調
森山実(産業技術総合研究所・生物プロセス研究部門 学振PD)
Zoological Science 2012受賞論文
 
Zool. Sci. 28: 875-881
Minoru Moriyama and Hideharu Numata
A Cicada that Ensures Its Fitness during Climate Warming by Synchronizing Its Hatching Time with the Rainy Season
はじめに
  温暖化に代表される近年の気候変動は実にさまざまな形で生物に影響を与えています(Walther et al. 2002)。中でも昆虫などの外温動物は、気温の変化に対してより敏感に反応します(Bale et al. 2002)。直接の温度ストレスに対する生存率だけでなく、行動や生理、さらに生活史も気候変動によって変化する事例が知られています。このような変化は従来から存在していた生態系のバランスを乱し、群集構造を大きく変えてしまうことがあります。ここでは、温暖化がセミのもつ特徴的な習性とその地域の気候との関係を変化させることで、セミの適応度に影響を与えたユニークな事例について紹介します。
都市部で増加したクマゼミ
  近年、西日本の都市部を中心にクマゼミが増加しています(図1)。大阪ではかつてクマゼミは少数派のセミでしたが、20世紀後半に増加し、今やセミの中で圧倒的多数を占めています。かつて優先種であったアブラゼミの数は減り、ニイニイゼミやツクツクボウシはほとんど見られなくなりました。戦後の大阪では地球規模の温暖化に加えて都市特有のヒートアイランド効果が加わり、10年あたり0.29°Cと言う驚異的なペースで温暖化が進みました。クマゼミは本来、日本の南西部を中心に分布する暖地性のセミであるため、この気温上昇が有利に働いたことが想像されます。まっ先に考えたのは、冬が暖かくなったことで越冬中の生存率が改善された可能性でした。しかし、低温耐性を実際に調べてみると、クマゼミは温暖化以前の冬を生き抜くのに十分な低温耐性を持っていたのです(Moriyama and Numata 2010)。そのため、気温上昇がどのようにしてクマゼミの適応度を高めたのかは不明でした。温暖化は多くの生物において、羽化や孵化など季節的におこる生命現象の時期を早めることが知られています(Root et al. 2003)。限られた季節しか利用できない資源に頼る生物の場合、このタイミングのずれが生存を脅かすことがあります(Visser and Both 2005)。そこで、私たちはセミの生活史のタイミングに注目することにしたのです。
 
図1. 大阪府豊中市の植木に群がるセミ。この写真には20匹のクマゼミ(黄色矢印)が写っているが、かつて優先種であったアブラゼミ(赤色矢印)は1匹しかいない。(2009年7月29日撮影 沼田英治)

セミのユニークな生活史
 日本で見られるセミの多くは、枯れ枝や樹皮の中など樹木の地上部に産卵します。孵化した1齢幼虫はすぐに地中の根に向かいますが、地面に潜るのに時間がかかるとアリなどの天敵に捕まったり、体が乾いて死んでしまいます。そこで、これらのセミは胚発生完了後もすぐには孵化せず、雨に反応して孵化する習性をもっています。この習性によってセミは濡れて柔らかくなった土の中にすばやく潜り危険を避けています(Moriyama and Numata 2006)。
 しかし、セミの幼虫はいつまでも卵殻の中で雨を待てるわけではありません。待つ時間が長くなると、エネルギーを浪費し、孵化できずに死んでしまいます(Moriyama and Numata 2011)。そのため、セミにとって胚発生が完了する時期を雨の多い季節に合わせることが大きな意味合いを持つと考えられます。そこで、セミ5種の孵化時期を複数年にわたり詳しく調べてみました(図2)。ニイニイゼミのように初夏に成虫が出現する種では、卵はその年の秋に孵化します。一方、他の4種のセミのように盛夏から晩夏にかけて現れる種では、卵は越冬し、翌年の初夏に孵化します。予想通り、卵が越冬しないニイニイゼミでは9月の秋雨のころに、卵が越冬する種では6〜7月の梅雨のころに孵化が見られました。ところが、卵が越冬する種の中でクマゼミの孵化時期はもっとも遅く、現在の大阪の気温でも梅雨の後半に差しかかっていました。そのため、温暖化以前には、胚発生により多くの時間がかかり、梅雨に間に合っていなかった可能性が考えられました。
 
図2. セミ孵化時期の季節性。(A)2005-2008年の大阪におけるセミ5種の孵化時期。点は孵化日の中央値を、バーは5〜95%の個体が孵化した範囲を示す。(B)大阪の気温および降水量の平年値。

同調の適応的意義
  梅雨や秋雨の季節に孵化時期を同調させることは、どの程度セミにとって重要なことなのでしょうか。私たちは実験的にクマゼミの孵化時期を操作し、梅雨との同調効果について調べました。室内の厳密な温度コントロールの下で孵化間近まで育てた卵を、5月から9月まで半月ごとに野外条件に移し、自然の風雨に当てて孵化を観察しました(図3)。孵化時期を梅雨よりも早く設定した場合には孵化率は高い結果でしたが、遅らせた場合は著しく孵化率が低下しました。特に、梅雨後で雨の少ない8月に孵化時期を設定したものでは、1割程度の卵しか孵化することができませんでした。さらに孵化時期を遅らせると、秋雨と一致し孵化率が回復しました。また、8月に孵化時期を設定したものでも、定期的に水をかけることで孵化率が回復したことから、雨の頻度が孵化率に影響することが確かめられました。以上のことから、孵化時期を雨の多い季節に設定することは、セミにとって非常に大きな適応的意義を持っていることが明らかとなりました。
 
図3. 梅雨との同調がクマゼミの孵化率に与える影響。(A)実験をおこなった2007年大阪の気温および降水量。(B)孵化時期をコントロールした各処理区の孵化時期と孵化率。黒点が孵化日の中央値を、バーが5〜95%の個体が孵化した期間を示す。

温暖化による孵化時期の変化
次に、近年の温暖化によるクマゼミの孵化時期の変化が梅雨との同調性に与えた影響を調べました。私たちはすでに、温度とクマゼミの胚の成長速度の関係を明らかにしており、気温が発育零点である14.3°Cを上回る量を積算した値から孵化時期を求めることができました(Moriyama and Numata 2008)。1900年以降の大阪の気象記録を用い、クマゼミの孵化時期の推移をシミュレートしました(図4)。20世紀初頭においては、孵化は現在よりも2週間以上遅く、主に8月以降におこっていたと考えられました。気温上昇にともない、孵化時期は10年あたり1.6日のペースで前進し、20世紀後半には孵化時期が梅雨に徐々に追いつくようになってきました。梅雨に同調した卵の割合は1950年代以降、顕著に増加していました(図5)。
 
図4. 温暖化によるクマゼミの孵化時期の推移。黒点が孵化日の中央値を、バーが5〜95%の個体が孵化した期間を示す。水色の棒グラフは梅雨の範囲を示す(1951年以降。1993年は梅雨明けが特定されず)。
 
図5. クマゼミの孵化時期と梅雨の同調性の改善。
 
 さらに詳細に解析を進め、日ごとの降水記録と孵化日を照らし合わせることで、それぞれの孵化直前個体が雨を待つ日数について求めました。私たちは発育が完了してから10日以上雨にあうことができなかった個体を孵化できる見込みがないとして、その割合を計算しました。すると、このような個体が全体の50%以上を占める年が1990年より前では4.5年に一度の割合で起きていましたが、1990年以降は1度もありませんでした(図6)。以上のことから、近年の気温上昇は、大阪をクマゼミが安定して増殖できる環境に変えたことが明らかになりました。このような梅雨との同調による孵化率の安定化は近年のクマゼミ増加の背景として必要な条件であったに違いありません。
 
図6. 梅雨との同調によるクマゼミの孵化率の安定化。

今後の展望
  本研究では、大阪の気温上昇がクマゼミに有利に働いたことを明らかにしましたが、梅雨よりも早く孵化することでの悪影響は観察されなかったことから、他のセミが減少した理由については不明のままです。気候の乾燥化や緑地の分断化、土壌性質や植物相の変化、または種間相互作用の影響など、都市部でのクマゼミ独占化の背景には他にも複数の要因が関与している可能性があると私たちは考えています。今後、セミ独自の性質の生理的基盤の理解を深めると同時に、長期的な観察を続けることや、多地点における観察を加えることで、セミ群集構造の変化の全貌を明らかにしたいと考えています。
参考文献
Bale JS, Masters GJ, Hodkinson ID et al. (2002) Herbivory in global climate change research: direct effects of rising temperature on insect herbivores. Glob Change Biol 8: 1–16.

Moriyama M, Numata H (2006) Induction of egg hatching by high humidity in the cicada Cryptotympana facialis. J Insect Physiol 52: 1219–1225

Moriyama M, Numata H (2008) Diapause and prolonged development in the embryo and their ecological significance in two cicadas, Cryptotympana facialis and Graptopsaltria nigrofuscata. J Insect Physiol 54: 1487–1494

Moriyama M, Numata H (2009) Comparison of cold tolerance in eggs of two cicadas, Cryptotympana facialis and Graptopsaltria nigrofuscata in relation to climate warming. Entomol Sci 12: 162–170

Moriyama M, Numata H (2010) Desiccation tolerance in fully developed embryos of two cicadas, Cryptotympana facialis and Graptopsaltria nigrofuscata. Entomol Sci 13: 68–74

Root TL, Price JT, Hall KR, Schneider SH, Rosenzweig C, Pounds JA (2003) Fingerprints of global warming on wild animals and plants. Nature 421: 57–60

Visser ME, Both C (2005) Shifts in phenology due to global climate change: the need for a yardstick. Proc Royal Soc B 272:2561–2569

Walther G-R, Post E, Convey P, Menzel A, Parmesan C, Beebee TJC, et al. (2002) Ecological responses to recent climate change. Nature 416: 389–395


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