トピックス熱だけでなくCO2と湿度の相乗効果で
      スズメバチを殺す二ホンミツバチの防衛行動
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菅原道夫(神戸大学理学部生物)
Zoological Science Award 2013 受賞論文
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Zool. Sci. 29: 30-36
Michio Sugahara, Yasuichiro Nishimura, and Fumio Sakamoto
Differences in heat sensitivity between Japanese honeybees and hornets under high carbon dioxide and humidity conditions inside bee balls.
 
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防衛行動
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 食う、食われる関係の中で生活する動物にとって、捕食者からいかに食われないかは、生きていくための最大の課題である。二ホンミツバチもその課題を達成するための防衛行動を持っている。その1つは、振身行動 (abdomen-shaking) である。キイロスズメバチなどが巣の入り口に近づくと、多くのハチたちが入り口に出て、足をふんばって激しく腹部を振る。しかも、多くのハチの動きが同期しているため、捕食者の視覚を狂わす行動であると考えられている。2つ目は、Hissing behaviorと呼ばれる発音行動である。巣に振動を与えるような物理的な刺激に対して集団で”シャー“というように聞こえる音を発する。捕食者に対する威嚇音だと考えられる。3つ目は、ハタキ行動である。ハチミツを狙うアリなどが巣に近づくと、羽を振って、敵をはらい落とす。そして一番有名な防衛行動 (4つ目) が、蜂球形成(beeball formation)である。蜂球の中に捕食者であるスズメバチを包み込み捕食者を殺す。

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これまでの蜂球形成の研究
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 蜂球の中でのスズメバチの死は, 「ふとんむし」によるとされた。「ふとんむし」とは、布団に人間を包み、人間の体温により蒸す状態を作り出す行為であり、虐めの暴力行為として知られている。スズメバチの死の場合、その死の本当の原因は追求されず、 長く言葉だけが使用されてきた。スズメバチの死の原因を最初に明らかにしたのは、小野らであった。彼らは、ニホンミツバチが作る蜂球の温度が、スズメバチの致死温度を超えることから、ニホンミツバチがスズメバチを蜂球内で熱殺しているとした1, 2)。 
 私たちは、ここに示す研究の速報を2009年Naturwissenschaftenに投稿した3)。その内容は、オオスズメバチの蜂球内における死が、「熱だけによるものでなく、炭酸ガス濃度の増加が大きく影響している」というものだった。小野らのNatureの論文2)を発展させたことになると判断したのか、 Nature(vol.460 (16) 2009)はResearch Highlightで「ミツバチがスズメバチを殺す時には、熱の他にガスも利用することが明らかになった。」と, 私たちの論文を紹介した。

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開放空間の巣(開放巣)
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 絶滅を危惧されていた(’60、’70年代)ニホンミツバチの自然巣が、近年、市街地で多くみられる。それらの巣の中には、本来、非常に珍しいとされた開放巣が10%も見られた4)。これは、開放巣でもミツバチの生活が成り立つことを意味した。そこで、人工的に開放巣を作ることを試みた。作られた巣は冬も存続し、春にはその巣から分蜂が見られた。スズメバチを巣に接触されると容易に蜂球が形成され(図1)、その蜂球は閉鎖巣で作られる蜂球と同じ機能を持ちスズメバチを殺すことが解った。人工開放巣の作成は蜂球内でのスズメバチの死の原因追究に大いに貢献した。
      
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図1
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蜂球の微環境
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蜂球の温度は、スズメバチの種にかかわらず、常に最高温度が46℃になり、炭酸ガス濃度は4%、相対湿度は90%以上になっていた。キイロスズメバチを除き他のスズメバチは蜂球に閉じ込められると、10分で死ぬ。死の原因を考えるとき、この10分が大変重要なメルクマールになる。

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致死温度の測定
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 Schmidt-NielsenのANIMAL PHYSIOLOGY (動物生理学)5) には、同じ温度に一定時間保持し、各温度ごとに致死率を求め、50%の個体が死亡した時の温度が致死温度(TL50)であると定義している。多くの動物での致死温度(TL50)は保持時間が長くなると低くなり、短くなると高くなる。小野らはフラスコ(100 ml)内にスズメバチを入れ水槽の温度を1分間に2.7℃上げ、スズメバチが死んだ温度を致死温度とした2)。 私たちはSchmidt-Nielsenの定義に従い、多くのスズメバチが蜂球内で死んでいる10分という時間を固定して各温度での死亡率を求め、半数のスズメバチが死ぬ温度を致死温度(TL50)として示した(図2)。大気中での測定では、致死温度が蜂球の最高温度を上回り、熱だけでスズメバチが死んでいないことが示された。呼気中では、致死温度が2℃も下がり湿度が高いとさらに1℃低下した。この結果は、スズメバチが蜂球の微環境で死んでいることを示した。興味深いのは、ミツバチの致死温度が、微環境の影響を受けず、スズメバチよりたいへん高いことである。今後その原因の生理学的な機構の解明ができたらと考える。
      
      
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 図2
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参考文献
1) Ono M., Okada I., Sasaki M.: Experientia 43:1031-1032 (1987)
2) Ono M., Igarashi T., Ohno E., Sasaki M.: Nature 377:334-336 (1995)
3) Sugahara M., Sakamoto F.:  Naturwissenschaften 96: 1133-1136 (2009)
4) 菅原道夫: ミツバチ学 東海大学出版会 (2005)
5) Schmidt-Nielsen K.: Animal Physiology Fifth Edition Cambridge University Press (1990)
 
 
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