トピックス■ワミノアムチョウウズムシに共生している渦鞭毛藻の母系遺伝のメカニズム
彦坂智恵(広島大学自然科学研究支援開発センター)
彦坂 暁(広島大学総合科学研究科)
 
【Zoological Science Award受賞論文】
Tomoe Hikosaka-Katayama, Kanae Koike, Hiroshi Yamashita, Akira Hikosaka, and Kazuhiko Koike. Mechanisms of Maternal Inheritance of Dinoflagellate Symbionts in the Acoelomorph Worm Waminoa litus. Zoological Science 29: 559-567 (2012)

はじめに
 サンゴ礁に暮らす無脊椎動物の中には、褐虫藻と呼ばれる渦鞭毛藻を体内に住まわせ、その光合成産物を活用する事で繁栄しているものが数多く存在します。Waminoa litus(ワミノアムチョウウズムシ:新称、以下ワミノア:図1A)という無腸動物(Acoelomorpha)もそうした生物の1種です。ワミノアの仲間はしばしば多種類のサンゴの体表で爆発的に増殖することが報告されています(Barneah, 2007a)。ワミノアの体内には2種類の渦鞭毛藻(AmphidiniumSymbiodinium:図1B-D)が共生しています。また、ワミノアが宿主としているサンゴの体内にもSymbiodiniumが共生しています。
   一般的に無腸動物では、卵からふ化した幼生が環境中の微細藻類を摂食して体内に取り込む(水平伝搬)事で共生が成立し(Douglas, 1983)、配偶子形成時には共生関係が解除され、共生藻を持たない卵と精子が形成されます(Douglas, 1994)。ところが、ワミノア体内に見いだされた2種の共生藻は異種生物であるにもかかわらず、卵を介して母系遺伝(垂直伝搬)することが明らかになり(Barneah, 2007b)、無腸動物の共生藻は水平伝搬するという常識が覆されてしまいした。
   では、ワミノアはどのようにして共生藻を卵に受け渡すのでしょうか。その答えを得るために、我々はハナガタサンゴ(Symphyllia valenciennesii)との共飼育によるワミノアの人工飼育系を立ち上げ、性成熟個体を得られる飼育条件を確立し(Hikosaka-Katayama and Hikosaka, 2010)、卵巣の発達を観察しました。
図1. ワミノアムチョウウズムシ(A)と体内の共生藻(B). Amphidinium (C)とSymbiodinium (D)の透過型電子顕微鏡観察による細胞像. Hikosaka-Katayama et al. (2012) Zool. Sci.を改変.
ワミノア卵巣の発達と共生藻の卵への移行
   ワミノア卵巣の発達は、I期(無卵巣期:図2A,D)- II期(初期卵黄形成期:図2B,E)- III期(後期卵黄形成期:図2C,F)の順に進みます。I期には卵巣は確認できません。II期になると、体の前側の初期卵黄形成域に卵巣が確認できます。卵母細胞を取り囲む濾胞細胞内に共生藻が認められますが卵母細胞内には共生藻は認められません(図3A-B)。続いてIII期には卵母細胞内に共生藻が観察される(図3C)事から、II期とIII期の間に共生藻が卵母細胞に取り込まれる事が明らかになりました。さらに透過型電子顕微鏡で各ステージの卵巣を観察したところ、濾胞細胞が卵母細胞への共生藻の受け渡しを介助している事が示唆されました(図3D)。以上の観察から、共生藻はワミノアの生殖系列の細胞に保持され続けるのではなく、卵形成過程のII期までに共生藻を保持する濾胞細胞が準備され、III期にはかなりの共生藻が卵母細胞内へ取り込まれている事が明らかになりました。
図2. ワミノアの卵巣の発達過程. (A) 無卵巣期(I期). (B) 初期卵黄形成期(II期). (C) 後期卵黄形成期(III期).(D―F) I、II、III期の動物を押しつぶした光学顕微鏡像.Hikosaka-Katayama et al. (2012) Zool. Sci.を改変.
図3.ワミノアの卵巣と共生体の分布.(A)初期卵黄形成域(II期)を縦断した組織学切片の光学顕微鏡像.dep:背側上皮、vep:腹側上皮、Oo:卵母細胞、矢印:Amphidinium 細胞.矢頭:Symbiodinium 細胞.(B)II期の卵母細胞と共生体.a: Amphidinium 細胞 、nc:核小体、n: 核、Oo:卵母細胞、s:Symbiodinium 細胞. 矢頭:濾胞細胞. (C) III期の卵母細胞.li:脂肪、矢印:濾胞細胞に取り込まれているSymbiodinium 細胞. 矢頭:卵母細胞内のSymbiodinium細胞. (D) 卵母細胞を覆う濾胞細胞に取り込まれたSymbiodinium細胞の透過型電子顕微鏡観察による像. afc:濾胞細胞、if:卵母細胞と濾胞細胞の境界、pss:peri-symbiont space、sm:共生膜、矢印:粗面小胞体.Hikosaka-Katayama et al. (2012) Zool. Sci.を改変.
ワミノア共生藻の系統解析
 さて、ワミノア体内に共生する2種類の渦鞭毛藻は、自由生活性のAmphidiniumあるいは、他種のサンゴに共生する多くのSymbiodiniumと外見上、全く区別がつきません。本研究に使用したワミノアの宿主であるハナガタサンゴもその体内にSymbiodiniumを共生させています。ワミノアの持つ共生藻は宿主のハナガタサンゴと同じなのでしょうか?この点を明らかにするために SymbiodiniumのITS1-5.8SrDNA-ITS2領域の配列を決定し、分子系統解析を行いました。その結果、ワミノア体内のSymbiodiniumはハナガタサンゴ由来のSymbiodiniumとはそれぞれ別群にわかれました(図4)。ワミノアが宿主であるハナガタサンゴと生活を共にしているからといって、宿主からSymbiodiniumを得ている訳ではないようです。この事はまた、ワミノアが特定のタイプのSymbiodinium との共生関係を維持するしくみを生み出した事を示唆しています。
図4.ワミノア褐虫藻ならびにハナガタサンゴ褐虫藻と近縁の褐虫藻の系統関係(ITS1-5.8SrDNA-ITS2領域のML法による系統樹).各ノードの支持率(ML法/ NJ法/ MP法)は50%未満を*で示す.ワミノア褐虫藻については各ワミノアの宿主サンゴを [ ] 内に示す.Hikosaka-Katayama et al. (2012) Zool. Sci.を改変.
 
 もう一方の共生藻Amphidinium についても28SrDNAの配列を決定し系統解析をおこないました。Amphidinium類は自由生活性の種が多く知られていますが、中には共生生活をする種もあります。解析の結果、ワミノア体内のAmphidiniumは共生性と自由生活性の両方の種を含むAmphidinium類と近縁でした(図5)。A. gibbosum CCMP120は無腸動物Amphiscolops langerhansiの共生藻で(Murray et al., 2004)、A. klebsii は自由生活性です。もしかしたらこれらのAmphidinium類は共生生活と自由生活の両方の生活様式に適応しているのかもしれません。
図5.ワミノア褐虫藻 Amphidinium sp.(黒丸)ならびに、近縁種の系統関係(LSU-rDNAのML法による系統樹).A. klebsii-gibbosum clade についてはライフスタイルを( )内に示す。Hikosaka-Katayama et al. (2012) Zool. Sci.を改変.
 
 以上の事から、ワミノアはその体内の共生藻を宿主サンゴから得ているのではなく、濾胞細胞を介した独自のシステムによって2種の共生藻を卵母細胞に継承し、特定のSymbiodiniumAmphidiniumを保持し続けている事が示唆されました。一方で、垂直伝搬に加えてワミノアが環境中から共生藻を取り入れている可能性も否定できません。ワミノアが新規の共生藻を獲得する能力があるのかどうか明らかにするためには共生藻の感染実験を行なう事が必要でしょう。
引用文献
Barneah O, Brickner I, Hooge M, Weis VM, LaJeunesse, Benayahu Y (2007a) Three party symbiosis: acoelomorph worms, corals and unicellular algal symbionts in Eilat (Red Sea). Mar Biol 151: 1215–1223

Barneah O, Brickner I, Mooge M, Weis VM, Benayahu Y (2007b) First evidence of material transmission of algal endosymbionts at an oocyte stage in a triploblastic host, with observations on reproduction in Waminoa brickneri (Acoelomorpha). Invertebrate Biol 126: 113–119

Douglas AE (1983) Establishment of the symbiosis in Convoluta roscoffensis. J Mar Biol Assoc UK 63: 419–434

Douglas AE (1994) Symbiotic interactions. Oxford University Press, Oxford

Hikosaka-Katayama T, Hikosaka A (2010) Artificial rearing and oviposition of Waminoa sp. (Acoela, Acoelomorpha): toward the development of a model system to study animal–-algae symbiosis. Bulletin of the Graduate School of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University I, 5: 39–45

Murray S, Flø Jørgensen M, Daugbjerg N, Rhodes L (2004) Amphidinium revisited. II. Resolving species boundaries in the Amphidinium operculatum species complex (Dinophyceae), including the descriptions of Amphidinium trulla sp. nov. and Amphidinium gibbosum comb. nov. J Phycol 40: 366–382

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