カブトムシは日本人にとって身近な昆虫ですが、その生態に関する知見は多くありません。
樹液が出ているクヌギ、コナラなどの広葉樹のそばにカブトムシの残骸が散乱しているの
がしばしば見られます。これらの残骸を観察すると、腹部だけが何者かに食べられているこ
とに気付くはずです。一体誰がカブトムシを食べたのでしょうか。インターネットや図鑑な
どには、カラスの仕業であると記されていることがあります。しかし、実際にカラスが樹液
に来ているカブトムシを食べているのか確かめられたことはほとんどありませんでした。
そこで私たちは、森林総合研究所構内(茨城県つくば市)の雑木林に赤外線センサーカメラ
を設置し、カブトムシの捕食者の撮影を試みました。その結果、確かにハシブトガラスがカ
ブトムシを捕食していることがわかりました。ハシブトガラスは朝のうちに樹液を訪れ、餌
場に残っているカブトムシを捕食していました(図1)。しかし、カブトムシの捕食者はカラ
スだけではありませんでした。タヌキが頻繁に樹液を訪れカブトムシを捕食していたので
す。タヌキはハシブトガラスと異なり、カブトムシの活動がピークとなる時間帯である深夜
0〜2 時頃に最も高い頻度で樹液を訪れていました(図1)。また、季節的にみても、ハシブト
ガラスとタヌキの両者ともにカブトムシの発生のピークに合わせるかのように、樹液を訪
れる頻度は8 月上旬に最大となりました。これらの捕食者にとってカブトムシは魅力的な
餌であり、捕食者はカブトムシを食べるために樹液を訪れている可能性が高いと考えられ
ます。
次に、生きたカブトムシを野生のタヌキおよびハシブトガラスに与え、それぞれの捕食者
による食痕の特徴を観察しました。ハシブトガラスに対しては、プラスチックの容器に入っ
たカブトムシを野外で与えました。ビデオカメラによって捕食行動を撮影し、実験後に残骸
を回収しました。また、タヌキによる残骸を集めるために、タヌキがよく訪れる場所にカブ
トムシを紐でくくりつけておいて、タヌキに食べさせました。その様子を赤外線センサーカ
メラで撮影し、残骸を回収しました。その結果、どちらの捕食者も鞘翅や角、頭部などの硬
い部分を残し、やわらかい腹部のみを器用に食べることがわかりました。しかしタヌキは歯
型と思われる痕跡を残骸に残すことが多く、ハシブトガラスに捕食された残骸と区別でき
ることも明らかとなりました(図2)。これをもとに、つくば市の調査地で回収したカブト
ムシの残骸を調べたところ、残骸のうち6 割以上がタヌキに食べられたものであると推定
されました。また、つくば市だけでなく西東京市においてもカブトムシの残骸を調査したと
ころ、8 割近くの残骸にタヌキものと思われる歯型が見られました。タヌキは関東地方の複
数の地域において、ハシブトガラス以上にカブトムシの重要な捕食者となっている可能性
があります。
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