公益社団法人日本動物学会
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 トピックス■強いオスは狙われる?:カブトムシにおける性およびサイズ依存的な捕食圧
小島 渉(東京大学大学院 情報学環)、杉浦真治(神戸大学大学院 農学研究科)、槙原 寛(国
立研究開発法人 森林総合研究所)、石川幸男(東京大学大学院 農学生命科学研究科)、高梨
琢磨(国立研究開発法人 森林総合研究所)

Zoological Science Award 2015 受賞論文

Kojima, W., S. Sugiura, H. Makihara, Y. Ishikawa, and T. Takanashi (2014) Rhinoceros beetles suffer male-biased predation by mammalian and avian predators. Zoological Science 31: 109–115.


カブトムシは日本人にとって身近な昆虫ですが、その生態に関する知見は多くありません。 樹液が出ているクヌギ、コナラなどの広葉樹のそばにカブトムシの残骸が散乱しているの がしばしば見られます。これらの残骸を観察すると、腹部だけが何者かに食べられているこ とに気付くはずです。一体誰がカブトムシを食べたのでしょうか。インターネットや図鑑な どには、カラスの仕業であると記されていることがあります。しかし、実際にカラスが樹液 に来ているカブトムシを食べているのか確かめられたことはほとんどありませんでした。 そこで私たちは、森林総合研究所構内(茨城県つくば市)の雑木林に赤外線センサーカメラ を設置し、カブトムシの捕食者の撮影を試みました。その結果、確かにハシブトガラスがカ ブトムシを捕食していることがわかりました。ハシブトガラスは朝のうちに樹液を訪れ、餌 場に残っているカブトムシを捕食していました(図1)。しかし、カブトムシの捕食者はカラ スだけではありませんでした。タヌキが頻繁に樹液を訪れカブトムシを捕食していたので す。タヌキはハシブトガラスと異なり、カブトムシの活動がピークとなる時間帯である深夜 0〜2 時頃に最も高い頻度で樹液を訪れていました(図1)。また、季節的にみても、ハシブト ガラスとタヌキの両者ともにカブトムシの発生のピークに合わせるかのように、樹液を訪 れる頻度は8 月上旬に最大となりました。これらの捕食者にとってカブトムシは魅力的な 餌であり、捕食者はカブトムシを食べるために樹液を訪れている可能性が高いと考えられ ます。


 次に、生きたカブトムシを野生のタヌキおよびハシブトガラスに与え、それぞれの捕食者 による食痕の特徴を観察しました。ハシブトガラスに対しては、プラスチックの容器に入っ たカブトムシを野外で与えました。ビデオカメラによって捕食行動を撮影し、実験後に残骸 を回収しました。また、タヌキによる残骸を集めるために、タヌキがよく訪れる場所にカブ トムシを紐でくくりつけておいて、タヌキに食べさせました。その様子を赤外線センサーカ メラで撮影し、残骸を回収しました。その結果、どちらの捕食者も鞘翅や角、頭部などの硬 い部分を残し、やわらかい腹部のみを器用に食べることがわかりました。しかしタヌキは歯 型と思われる痕跡を残骸に残すことが多く、ハシブトガラスに捕食された残骸と区別でき ることも明らかとなりました(図2)。これをもとに、つくば市の調査地で回収したカブト ムシの残骸を調べたところ、残骸のうち6 割以上がタヌキに食べられたものであると推定 されました。また、つくば市だけでなく西東京市においてもカブトムシの残骸を調査したと ころ、8 割近くの残骸にタヌキものと思われる歯型が見られました。タヌキは関東地方の複 数の地域において、ハシブトガラス以上にカブトムシの重要な捕食者となっている可能性 があります。
多くの動物では食べられてしまった個体の特徴を知るのは簡単ではありません。ところ がカブトムシの場合、捕食者が頭部などを残すという性質から、残骸を調べることで、どの ような個体が食べられたかを知ることができます。一般的に、動物のオスの武器や装飾など の性淘汰形質は捕食者を誘引してしまうと言われています。カブトムシでは、体が大きく長 い角を持つオスほどけんかに勝ち、多くの配偶相手を得られることが知られていますが、そ のような個体は天敵に食べられやすいかもしれません。このことを調べるため、つくば市や 西東京市で回収したカブトムシの残骸の体の大きさや性比などを、餌を用いたトラップで 捕獲されたものと比較しました。その結果、残骸にはオスの割合が高いこと、残骸に含まれるオスはトラップで捕獲された個体に比べ体が大きいことがわかりました(図3)。
このことから、メスよりもオスのほうが、小さいオスよりも大きいオスのほうが食べられや すいといえます。なぜ体が大きいオスが食べられやすいのかははっきりしませんが、長い角 や大きな体が捕食者に目立ちやすい可能性があります。あるいは大きいオスほど樹液に長 時間留まるため、捕食を受ける機会が多いのかもしれません。大きく角の長いオスに対する 高い捕食圧は性淘汰圧と拮抗的にはたらくことで、オスの性的な形質の進化に影響を及ぼ す可能性があります。


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