奨励賞受賞者講演

2020年 日本動物学会奨励賞 受賞者講演

2020年9月4日(金) 14:40〜15:00 (ウェビナー参加登録

講演者:
石川 麻乃  ISHIKAWA, Asano(情報・システム研究期機構 国立遺伝学研究所・助教)
生活史の適応進化をもたらす遺伝基盤の解明 関連ポスター発表はこちら
The molecular and genetic mechanisms of life history evolution.

生物がどう生まれ、成長・繁殖し、死ぬのかを決定する生活史形質は、個体の適応度を左右する最も重要な形質の一つである。私はこれまで、トゲウオ科イトヨやアブラムシ類などをモデルに、生活史の多様化の鍵となる遺伝子や遺伝的変異、ゲノム領域、発生・生理機構を同定してきた。本講演では、特にイトヨにおいて、海から淡水域への進出と共に生じた生活史進化の原因遺伝子/変異を同定した研究について紹介する。
魚は、海から淡水域へ何度も進出しながら、様々な形質を獲得してきた。海と淡水域は、栄養分や浸透圧などに大きな違いがあり、一部の魚は淡水域に何度も進出する一方、全く淡水進出できない魚もいる。しかし、この違いの原因となる遺伝子や遺伝的変異は全く分かっていなかった。私は、淡水域に何度も進出したトゲウオ科イトヨGasterosteus aculeatusと、全く淡水進出していない姉妹種ニホンイトヨG.nipponicusをモデルに、淡水の餌にほとんど含まれない不飽和脂肪酸ドコサヘキサエン酸 (DHA) の合成酵素Fads2のコピー数の増加が、高い淡水進出能力に寄与していることを明らかにした。DHAは稚魚の正常な成長と発生に必須であり、海産餌に多く含まれる一方、淡水餌にはほとんど含まれない。淡水域に進出したイトヨでは、DHAを合成するFads2遺伝子のコピー数が増えることで、DHAの少ない淡水餌でも稚魚の生存率が上昇していた。また、淡水域に進出し、そこで一生を過ごすようになった淡水型のイトヨでは、Fads2遺伝子のコピー数が更に増加していた。更に、全ゲノムが解読された魚種48種を解析すると、淡水域に進出していない魚種に比べ、進出した魚種でFads2のコピー数が増えていた。これらから、Fads2のコピー数の増加は、これまで何度も起こってきた魚の淡水域への進出のたびに、鍵となる役割を果たしていたと考えられた。
また、繁殖や成長の季節性の多様化を引き起こす原因遺伝子も同定している。初夏の短期間にのみ繁殖する海型イトヨでは甲状腺刺激ホルモン遺伝子TSHß2が日長時間に応じて繁殖や成長のオンオフを切り替える多機能性のマスター制御遺伝子として機能していた。一方、淡水域のイトヨでは、TSHß2の日長応答性が何度も失われ、早春や初冬にも繁殖できるようになっていた。TSHß2の日長応答性の喪失の原因変異は、北米ではTSHß2のシス制御領域に存在するが、日本では多遺伝子座によって支配されていた。これは、生活史の収斂進化が、同一の遺伝子の発現変化を引き起こす異なる原因変異によって生じることを示す初めての例である。
現在は、緯度適応や温度適応、回遊性生活史の多様性についても、その分子遺伝基盤の解析を進めており、これらにより複雑な自然環境の中で生じる生活史の適応進化の予測可能性を高め、その機構を分子から生態まで包括的に理解したいと考えている。

小沼 健  ONUMA, Takeshi(大阪大学大学院理学研究科・助教)
脊索動物オタマボヤを活かした発生学の展開 関連ポスター発表はこちら
Developmental Biology of the larvacean, Oikopleura dioica.

私は2012年より、ワカレオタマボヤ Oikopleura dioica (以下オタマボヤ)をもちいた発生学研究を行っています。本講演を通して、この「最も単純な体の脊索動物」の魅力についてお伝えしたいと思います。
オタマボヤは、脊索動物門尾索動物亜門に属する海洋性プランクトンです。脊椎動物と同様、オタマジャクシ型の発生をするのですが、世代時間が5日しかなく、しかも体を構成する細胞が4000個あまりという単純さを持っています。さらに、ゲノムサイズが56 Mbあまりと小さい上に (寄生性の動物以外では最小)、発生スピードが早く、受精からわずか10時間で大人と同じ構造の体になります。これらに着眼して、オタマボヤの発生学を立ち上げてきました。ここでは、(1) 実験動物化、(2) 発生現象の解明、(3) 左右形成の新しい原理についてお話します。
実験動物化については、卵巣への顕微注入法、蛍光ライブイメージング法、遺伝子の機能阻害法、ゲノム・トランスクリプトーム情報、SEMによる3Dアトラス、ホールマウント染色など、発生学研究の基盤を整えてきました。その過程で、二本鎖DNAによる遺伝子の機能阻害 (DNAiと命名)を発見しました。これはオタマボヤの特質で、PCR産物を注入するだけで安価・効率よく遺伝子の機能阻害ができます。これを活用して、母性因子の大規模機能的スクリーニングを行い、未受精卵が母体内から体外へ出た後でも減数分裂停止を維持するためのしくみ、すなわち、産卵後、受精せずに発生が開始してしまう表現形などを得ることができました。
発生現象の解明については「幼生の体を長距離移動する細胞」「ハウスを分泌する表皮細胞の2Dパターン形成」「動物で初となるDNAiの発見」「外胚葉と内胚葉がつながり口になるプロセス」「未受精卵が母体外で減数分裂の停止を維持するしくみ」「左右非対称形成の新しい原理」などを明らかにしました。このように、オタマボヤの生物学的特徴を活かしたアプローチによって、発生のしくみやその進化についてさらに理解が深まると期待されます。
その一例として、近年、左右非対称形成の新しい原理を明らかにしました。オタマボヤの左右非対称形成は、ホヤや脊椎動物で知られるものとは異なります。たとえば110年も前から、初期胚の卵割パターンが個体差なく左右非対称になることが記載されていました。さらにオタマジャクシ幼生の体では、尾が体幹部に対して90˚回転しており、尾の神経系が (背側ではなく) 左側にできるのです。このしくみを調べたところ、左側決定因子であるNodalがゲノム中に存在せず、しかも腹側化因子であるBmpが胚の右側で発現することがわかりました。オタマボヤは、Bmpによる背腹軸形成のしくみを90˚回転させて、左右形成に「転用」しているのです。オタマジャクシ型の体を保ちながら、単純な体をつくるため、発生・体軸形成のしくみがどのように進化したのか。興味は尽きません。
開始当時、オタマボヤの研究がこれほど広がっていくとは予想していませんでした。これらの成果は、現所属での活動を見守って下さった西田宏記教授をはじめ、前任の西野敦雄氏(現弘前大)、大学院時代から現在まで指導して下さった先生方や、研究に携わって下さった(下さっている)学生や共同研究者の助力あってのものです。一人ひとりの方々に言及できないのが残念ですが、この要旨を書きながら、改めて感謝の気持ちで満たされています。今後もオタマボヤの研究を広げ、動物学の発展に貢献していきたいと考えております。