ニホンヤマネ―野生動物の保全と環境教育―
湊 秋作著、東京大学出版会、2018年6月、272頁、本体4600円(税別)
ある生き物が好きで好きでたまらなく、それが講じてその生き物の研究を始めた人は、私だけでなく本学会員には少なからずおられると思う。本書の著者、湊秋作博士も生き物好きの一人であり、本書は著者の「ヤマネ愛が爆発した本」である。まず本書を手に取るだけで一目瞭然であるが、表紙カバーにぐるりと掲載された可愛らしいニホンヤマネのカラー写真は、実に27枚に及ぶ。本書を通読しても、所々に「かわいいおしり」、「かわいい声」などの著者の本音が漏れ出ている。本書の中心的な内容である繁殖や育児、冬眠などの生活史に関する研究は、野外で出会うことが極めて難しいはずの本種において、非常に詳細に行われており、ヤマネ愛溢れる著者だからこそ解き明かすことができた研究である。本書には、その時々の研究の苦労や発見した当時の感情なども詳細に語られており、一研究者の自伝的物語としての側面も大きい。
本書は、第1章から第9章までの章立てによって構成されているが、なかでも力の入った読み応えある章として、第3章「繁殖」、第4章「育児」、第5章「ボーカルコミュニケーション」、第6章「冬眠」、第7章「保全」が挙げられる。第3章から第5章については一連の研究であり、著者らが世界で初めてヤマネの交尾とその際に発する声を聞いたことから研究が始まる。まず第3章では、交尾行動の分析から繁殖巣の巣材に至るまでの研究について紹介されている。これらの研究の詳細さには目を見張るばかりであるが、そのほとんどは、小学校の教師として児童らと共に行ったのだからさらに驚きである。特に繁殖巣に関する研究は、後のニホンヤマネの保全に関する取り組みに役立てられている。第4章では、出産回数や仔の成長について詳細に紹介されている。特に仔の成長については、仔の日齢ごとの体重変動についても詳述されている。本来、育児中の仔の体重を測ることなど、親の育児放棄に繋がりかねないため困難であるはずである。しかし著者は、ある工夫によって親の警戒心をなくし、無事に仔の体重を測っている。ここでもヤマネ愛あっての研究であることがうかがい知れる。第5章では、動物の言葉がわかるドリトル先生のようになりたいと願った著者が、ヤマネ語を明らかにする過程を読むことができる。可聴音の他に超音波も発することの発見、また仔が発する音声について仔の行動観察と合わせて、ついにヤマネ語の一端を明らかにしている。
第6章は、冬眠に関する研究の紹介である。ニホンヤマネは、漢字で冬眠鼠と書く。それほど冬眠はニホンヤマネの大きな特徴である。本章では、ヤマネは主に外気温と一体化できる環境で冬眠すること、覚醒時には一気に活動できる体温まで温める事ができること、実は冬眠中でも何度も覚醒していること、などの冬眠のメカニズムについて明らかにしている。そしてなにより、ヤマネの冬眠研究は、人間の宇宙空間での活動に応用されようとしている。まさに、地道な基礎研究が人の社会に役立つ実例であり、生物多様性を守る意味を教えてくれる。
第7章「保全」では、ニホンヤマネの保全活動として、アニマルパスウェイの建設について取り組んだ事例が詳しく紹介されている。大手の建設業者や一般のボランティアまで巻き込んだ大掛かりな保全活動は、生き物を守る上で、どのようなことが必要であるかを考えさせてくれる。
本書は、小学生でも読めるのではないかというほど柔らかい語り口で書かれている文章が多い。ただし、所々には解説的語り口も混在している。同じ章の中で語り口がコロコロ変わることがあり、一般的な学術書を読み慣れている読者にとっては少々読みづらいかもしれない。本書はニホンヤマネだけでなく、海外のヤマネ科についても概要的な記述がある。ニホンヤマネを始めとしたヤマネ科の生物学について知りたい方はもちろんのこと、生き物愛に溢れた研究者の物語を読みたい方、環境保全や生物教育に興味のある学生や学校の先生方にもおすすめである。
岐阜大学大学院連合農学研究科
伊藤 玄