発生生物学 ―基礎から再生医療への応用まで―
道上達男著 裳華房(2022/10発行)
本書は動物発生学に関する知見について、その基礎から再生医療への応用までをまとめたものである。高校生物の教科書に飽き足らずに独自に深く勉学を進めたい場合や、大学初学者で発生生物学のことをこれから学んでいこうとする入り口としても適している。もちろん勉学に年の差など無く、誰が手に取っても十分に楽しめる本であろう。
はじめに本書のページをめくったとき、ずいぶんと欲張った内容だな、という第一印象を持った。まず3章『発生生物学を理解するための基礎知識』で細胞外マトリクスや遺伝子発現の仕組みなどの一般的な細胞生物学の知識について説明し、4章『発生生物学を研究するための諸技術』でクローニングや遺伝子組換えのことにも言及している。本来ならそれだけでそれぞれ1冊ずつの教科書が書けてしまうような生命科学の基礎知識について多くのページを割いた上で、これら基礎知識を踏まえて発生生物学の各項目についてひとつひとつ説明されていく展開となっている。
しかし実際に本書を読み進めていくと、この構成こそが現代における発生生物学の学習に必要であることに気が付くはずである。第2章では発生学の歴史について簡潔に説明されているが、初期の発生学は、まさに生物が初期胚から一個体に発生していく様子をつぶさに観察していくことから始まった。それに対して発生生物学に対する現代の知識は、発生に関わる遺伝子の機能という側面から理解が進んでいる。本書では発生に関わる細胞の振る舞いに関して、その各々の現象に関わる遺伝子の機能にもひとつひとつ説明を加えながら話が展開されていく。単なる現象論としての発生学だけでなく、さりとて単なる分子生物学的知識だけでなく、その両者の融合としての現代発生生物学の知見を読者に提示してくれているのである。またこのような内容を通じて、発生生物学と再生医療が研究領域的にも強くつながっていることを読者に十分に意識づけている。本書の全体を通じてみると、個々の生命現象にもひとつひとつ説明を加えながら、一方では発生生物学の全体像を読者が把握出来るようにとの配慮がうかがえる。改めて思うに、やはり本書は欲張った内容である。
読者の前知識によっては、章の内容によって読みやすさに差が生じたり、すべて理解しきれないと感じる部分が出てくるかもしれない。それでもまず、なにはともあれ最初から最後のページまで頑張って読み切ってみると良いだろう。大事なのはそこからである。ぜひまた始めに立ち戻り、本書を最初から読み直して頂きたい。実はそれぞれの章の内容が互いに関連しあっていることに、改めて気が付くことだろう。繰り返し読み直すたびに各々の章に対する理解が深まり、それが本書全体の内容の理解(つまり、発生生物学全体に対する理解)につながっていく。著者がそのような螺旋階段状の学習効果を意図して本書を執筆したのであれば、まさに敢えてその術中に心地よく嵌っていくのが本書の一番の楽しみかたであろう。
笹川 昇(東海大学 工学部生物工学科)