なぜオスとメスは違うのか:性淘汰の科学 書評
マーリーン・ズック、リー・W・シモンズ[著]
沼田英治[監訳] 遠藤淳[訳]
大修館書店 2023年11月20日出版
「なぜオスとメスは違うのか:性淘汰の科学」は、性淘汰に関する深い洞察と興味深い事例を提供するサイエンスの素晴らしい物語を語った読み物です。本作品の冒頭部で著者らはチョウチンアンコウのメスとオスの間に見られる個体の大きさの極端な違いについて言及します。ここを導入部にして、自然界におけるオスとメスの性差、行動、および進化のメカニズムについて、体系的でわかりやすい方法で説明していきます。まずは本書の全体を章ごとに俯瞰していきましょう。
第1章:ダーウィンのもう1つの大きなアイデア
ダーウィンが「人間の進化と性淘汰」で取り組んだ性淘汰の概念に焦点を当てています。自然淘汰との違いを明確にし、メスの選り好みに関する論争や性淘汰と進化の総合説を探求します。個体の好みの重要性についても深掘りし、ダーウィンの画期的な考え方を解き明かします。
第2章:配偶システム―相手の数と期間
繁殖期におけるオスとメスの結びつきの多様性に焦点を当てます。ハゴロモガラスと婚姻、交尾相手の独占競争、一夫多妻や一妻多夫の存在に触れ、異なる配偶システムがどのように進化したのかを解説します。また、ルール、例外、つがい外交尾、そして応用的な側面についても議論します。
第3章:メスの選り好み
メスが何を選ぶのかに焦点を当て、配偶者選択の現代的な見解を提供します。感覚バイアスやセクシーサン(魅力的な息子)仮説について議論し、極端な二次性徴の進化や遺伝子の相性がどのように進化に貢献するのかを実例を交えて説明します。さらに、ヒトの配偶者選択についても考察します。
第4章:性の役割とステレオタイプ
性淘汰に関する元来の考え方に挑戦し、オスとメスには自然な「役割」があるという概念を探究します。控えめなメスと積極的なオス、性の役割が逆転する場合、2つの役割を持つ場合など、性の行動の多様性を議論します。そして、ヒトにおける性の役割についても考えます。
第5章:交尾後性淘汰
交尾後性淘汰に焦点を当て、精子とメスの戦いについて解説します。精子のサイズや数、精子競争のゲーム、精子競争が精巣を進化させるメカニズムなどを明らかにします。また、メスが特定のオスからの精子を選択的に使用する方法により、子の父性にバイアスをかけることを探究します。
第6章:性的対立
交尾に伴うオスとメスの利益の対立に焦点を当てます。チェイスアウェイ性淘汰、交尾を巡る性的対立、交尾後の性的対立など、性的対立が進化のプロセスにどのように影響を与えたかを考察します。そして、雌雄の交尾器の進化についても深掘りします。
第7章:種の存続と性淘汰
性淘汰が種の多様性に与える影響に焦点を当てます。種の形成、食と性の関係、鍵と鍵穴の関係、動物の似たもの夫婦、性淘汰が多様性の進化速度に与える影響などを考察します。そして、性淘汰が絶滅を防ぐかどうかについても探求します。
第8章:結論と今後の展望
本書の要点を総括し、今後の研究の展望に言及します。また、図版リストとさらに学習を深めるための参考文献、索引が提供されています。
この本は、生物学に関心を持つ読者にとって非常に興味深く、性淘汰のテーマを詳細に探求しています。各章は豊富な事例と興味深い考察で満たされており、自然界の驚異的な多様性と複雑さを理解する手助けとなるでしょう。
著者はこの本に対して、幅広い読者層に期待しています。特に、次のような読者に向けて書かれています。生物学を専門にしている、あるいは専門としないが関心をもつ学生:大学生や高校生に向けて、性淘汰に関する断片的な知識ではなく、系統的かつ包括的な理解を提供する教科書としての役割を期待しています。そのため、生物学を専攻していない学生にもアクセスしやすいスタイルで記述されています。動物の行動や進化に興味がある一般の読者:生態学や進化学に関心がある一般の読者にも、教科書ではなく読み物として楽しんでいただくことを期待しています。自然界の驚異的な多様性と複雑さを理解し、魅力的な生態学の世界に触れるきっかけとなるでしょう。
著者はこれらの読者に性淘汰についての新しい視点を提供し、自然界がどれほど多様であるかを知ってもらいたいと期待しています。また、この本を通じて、以下のようなインパクトを期待しています。性淘汰への理解の深化:読者は性淘汰に関する理解を深め、オスとメスの関係や進化について新たな視点を獲得します。性淘汰が生物学の基本的な要素であることを認識し、その複雑さを理解します。自然界への洞察:著者は読者に、自然界の中で起こるさまざまな現象や進化の驚異を感じてもらいたいと考えています。生態系と進化のプロセスに対する洞察を提供し、読者が自然界をより豊かに見る手助けをします。議論と疑問の醸成:著者は読者に、性淘汰に関する議論を深め、新たな疑問を生み出す刺激を与えることを期待しています。性淘汰についての知識が日常的な議論や研究の一部になることを願っています。以上のように、最初から最後まで、この本は生態学と進化学に魅了された読者に、深い洞察と知識を提供し、自然界の美しさと複雑さに触れる機会を提供します。
本書はまた、生物学や生命科学の文脈にとどまらず、広範な社会的インパクトの可能性について新たな視点を提供しています。最後に、私自身の研究背景からくる好奇心とこの書籍がジェンダー不平等にかかわる社会課題の理解を深化させる一助として期待される点にも焦点を当ててみたいと思います。ここからはおまけです。
私は現在の勤務先でツメガエル卵を主な研究対象とした配偶子形成、受精、個体発生のメカニズムに関する研究に従事しています。卵という、ある意味特殊な存在である細胞がいかにして体内で作られ、精子と協働して新しい個体を生み出すために働いているのか、が研究の焦点です。このバックグラウンドから、私は本書が深く掘り下げている「オスとメスの違いとその進化生物学的な意味づけ」に大いに興味をそそられました。卵がどのような構造や機能をもつのかという視点は、卵とそのパートナーである精子がそれぞれにどのような存在であるのかという視点、すなわち「なぜ卵と精子は違うのか、そして卵と精子は“どのように”違うのか」という視点を持つということでもあるのです。このような見方があることに気がついたことで、わたしは新たな問いを問い始めていることにも気がついたのでした。オスとメスという動物個体のレベルでの性差、性淘汰のしくみを理解することを通して、卵と精子という動物個体が性を隔ててそれぞれにもつ配偶子細胞のあいだにある性差、性淘汰(というものがあるとするならば)の仕組みについて学ぶことができるとすれば、それはなんだろうか?という問いです。
一方、現代社会においてはさまざまな文脈での不平等が依然として大きく存在し、その解消が重要な課題となっています。国際的な社会的目標である持続可能な開発目標(SDGs)においても、例えばジェンダー平等は重要なテーマの一つとされています。しかしながら、日本においてはその進展が遅れているという現状があります。ここにも本書に注目すべき点があるようです。本書は「オスとメスの違い」というテーマを通じて、生物学的な性差を探究しています。その生物学的理解が、ジェンダー平等という社会的目標・課題にどのように関連しているのかという問いかけが重要ではないか、というのが私の気づきであり、掘り下げていきたい問いでもあります。本書の議論は、男性と女性が異なる進化的プレッシャーにさらされ、その結果として性差が生じるという基本的なアイデアに基づいています。この考え方を適用することで、なぜ男性と女性は異なる生活パターンや行動傾向を持つのかについての洞察が得られるかもしれません。さらに、本書は生物学的な性差だけでなく、性淘汰が生態系全体に及ぼす影響にも言及しています。生態系の健全性や持続可能性は、現代社会が直面している重要な問題です。性淘汰が生物種の多様性や生態系の機能にどのように影響を与えるかを理解することは、持続可能な未来に向けた戦略を策定する上で有益な情報となるでしょう。
このように、本書は生物学の枠組みを超え、社会的な議論に新たな視点を提供する潜在的な価値があります。上述のような社会課題に関心を持つ読者にとって、本書は性差や性淘汰の進化的な側面を通じて、男性と女性の関係や社会の構造について新たな考え方を提供し、より包括的な議論を生み出す素地をもたらすでしょう。この本は、生物学的アプローチによる持続可能な未来への道筋の模索に重要な貢献をもたらす可能性があると思います。読者は、性差や性淘汰の科学に触れながら、ジェンダー不平等などにかかわる社会課題についての理解を深め、より公正で平等な社会を築くための知識を得ることができるでしょう。
さあ、この学びのためのエビデンスと示唆に満ち溢れた「なぜオスとメスは違うのか:性淘汰の科学」を手にとって、おおいに、そして一緒に楽しみましょう!
佐藤賢一
京都産業大学生命科学部