視覚のしくみ 書評

視覚のしくみ 書評
七田芳則、小島大輔 著、共立出版、2023年11月,141頁,本体2000円(税別)

本書は、視覚のしくみについて、構造生物学的観点から進化的観点、ときには物理学・化学的までと幅広い切り口を織り交ぜながら詳細に解説した良書である。あとがきにも書かれているが、本書は著者による大学の講義ノートから抜粋され、一般向けに加筆され出版されたものである。したがって本書は、生物学を志す大学学部生や大学院生にとって間違いなく有用な内容である一方で、生物学以外の分野で活躍する科学者や一般の方にとっても非常に読み応えのある内容となっている。本書を読んでいると、私が京都大学理学部生だった当時に聞いた、七田先生による「分子情報学」の授業が思い出されて、非常に懐かしく感じた。

第一章は、視覚機能を担う視物質や視細胞の研究の歴史や視覚システムの多様性を外観している。第二章は、目と網膜の構造と発生について、種間比較を交えながらわかりやすく解説している。第三章では、脊椎動物と無脊椎動物の視細胞の光応答メカニズムについて、特にシグナル伝達経路に焦点が当てられて詳細に説明されている。第四章では、視物質の構造生物学的観点からの知見や、光応答過程の多様性について記されている。第五章では、色覚のメカニズムと題して、色覚に関する古典的な学説であるヤング・ヘルムホルツの3原色説と反対色説を視覚メカニズムの観点から裏打ちがなされている。第六章では、網膜において視覚情報がどのような情報処理を受けるのかについて、受容野の概念などの説明から始まり詳細になされている。最終章である第七章では、視覚の情報が脳に伝達される過程が説明されており、網膜から一次視覚野と一次視覚野以降とで分けられて解説されている。

非常に濃い内容で圧巻された一方で、一部の進化的議論について些か疑問に感じるところもあった。たとえば1.3節の「細胞の進化・多様化の観点から興味深いのは、個体発生の過程でどのような順序で神経細胞が分化してくるかである。というのも、個体発生における神経細胞の分化の順序は、進化過程における新たな細胞タイプの出現とある程度相関があるからである。」という2文についてである。私の理解では、一般に個体発生が進化過程を反映しているという「類似」が見られたとはいえ、個体発生のみから進化過程を直接推定することは難しいと考えられていると認識している。むしろ、どのような進化過程で新たな細胞タイプが獲得されてきたのかについては、どのような分類群でどのような細胞タイプが獲得されているのかを系統関係と照らし合わせることが必要であると考える。とはいえ、視覚のしくみについて、詳細かつコンパクトにまとまっており、加えて低価格であることも踏まえると本書は非常に価値の高い本であるといえるだろう。

左倉 和喜(基礎生物学研究所 進化発生研究部門)

視覚のしくみ 書評(PDFファイル)

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