「生態遺伝学入門」書評
北野潤 著、丸善出版、2024年1月、本体3,200円(税別)
次世代シーケンサーの登場で、野生生物のゲノムのデータを大量に取得することが容易になり、集団遺伝学が飛躍的に発展している。ゲノム解析方法の進展はとどまることなく、染色体立体配座捕捉法(Hi-C)による染色体レベルでの全ゲノム解析も多くの生物で行われている。さらに、これまでは2倍体生物のゲノムは、相同染色体の違いを無視し、モザイク状につなぎ合わせた擬似的な1本のゲノム配列として決定されてきたが、両親由来のゲノム配列を区別し、染色体スケールでつながった配列をそれぞれ決定することが可能になってきている。このような量的質的に充実したゲノム情報の得られるようになった昨今でも、生物学の源泉になるのは、やはり生物を観察して心に浮かんでくる好奇心、「疑問」だろう。しかし、この「疑問」をどうやって「わかった!」につなげるか、ということが初学者の知りたいところである。本書はこの知りたいことに答えてくれるものである。
本書は、こうした学生や研究者たちからの疑問に答えるために、生態遺伝学の重要なポイントをできるだけ平易に説明することを目指した入門書である。本書では、多くのわかりやすい、工夫された図をもちいて、集団遺伝学の基礎から説き起こし、「QTLマッピングやGWSに用いる個体数やマーカー数は?」というような、実際に自分で研究を始めている大学院生が知りたいようなことなどにも親切に答えてくれている。また、著者自身の研究しているトゲウオ科のイトヨの例をあげて、具体的に示していることで、本書の理論が実践されているところを目の当たりにすることができる。
本書はコロナ禍の2020年と2022年の講義の内容をもとに作成したとのことで、受講生の質問やコメントも執筆に大いに役立ったとある。このような講義を受けた後に、必要に応じて本書を教科書として勉強できると非常によいだろう。MITなどの講義がWebで公開されているが、本書のもとになった講義もWebで公開してもらえると、今後この分野を志す学生や実験室の分子生物学だけでなく野外の動物に対象を広げたい研究者にも非常に有益であると思われる。評者個人としては、研究対象のクラゲ(刺胞動物)では、遺伝的に性決定が行われているが、まだ性染色体(正確には性決定遺伝子)は不明であり、最後の章(第9章)「性染色体進化の遺伝機構」は非常に興味深く読ませていただいた。
本書が、生態遺伝学に関心を持つ多くの読者をえて、この分野の発展に寄与することが期待される。
評者:東京工業大学・生命理工学院・立花和則