科学的思考のススメ:「もしかして」からはじめよう 書評

科学的思考のススメ:「もしかして」からはじめよう」 書評

牧野悌也, 菅原 研, 土原和子, 村上弘志 著
ミネルヴァ書房,2021年12月10日,248頁,本体2,400円(税別)

動物学会会員の中には,科学的思考に関する初年次科目を担当されている方も多いだろう.私も,数年前から,生物学,そしてその基本となる科学的思考に関する全学共通の授業を行うようになった.担当してはじめてわかったが,学生たちは科学的思考が苦手である.特に,実生活に関わる事柄となるとなんとも頼りない.学生たちの「なんとなく正しいと思った」という思考回路を矯正して社会に送り出したい!という思いを抱き,どのような授業をするとよいだろうかと考えている中で出会ったのが本書である.執筆者は東北学院大学教養学部(出版当時)の牧野氏(専門は生物システム情報論),菅原氏(自律分散システム),土原氏(生物情報学),村上氏(X線天文学)で,本書は教養教育科目のために作られた.

1年生向けの授業で私は「科学的思考,論理的思考について考えましょう」と前置きして,次の問いを投げかける.「温泉に入ったノイローゼ患者のほとんど(99.9%)が治癒したという結果があった場合,温泉に入ることはノイローゼの治癒に効果的と言って良いだろうか?」.これは,本書の問いを少し改変したものである.

この問いでは,対照群について述べられていない.もし温泉に入らなかったノイローゼ患者も99.9%治癒した場合,温泉に入ることは効果的とは言えなくなる. 2024年度の授業では,35%の学生が「効果的と言って良い」と答え,65%が「効果的とは言えない」と答えた.しかし,「効果的とは言えない」と答えた学生のうちでも,「対照群がないから」と明確に答えられたのはわずか16%.すなわち,全体の6%ほど.「温泉に入ることが具体的に何を指しているのかが不明瞭」,「治癒するとはどのレベルのことを言っているのかがわからない」という説明的定義の不十分さ(確かに科学的思考では重要)に気を取られる学生や,「ノイローゼはそもそも治癒しづらい病気なので,それが治癒するなんて素晴らしい効果」というように他の知識で補完して回答する学生もいたので(ノイローゼという設定が悪かったか),私の問いかけ方が正答率の低さを導いたことは否めない.しかし,授業後のアンケートでは「対照群の重要性は知っていたはずなのに,今回は思いつけなかった.目からウロコだった」という意見が多く見られた.科学的思考に関する初年次教育の重要性を強く感じる.

本書は序章から始まり,「まなぶ」,「みがく」,「つかう」の3部構成を経て,終章で閉じられる.序章では,科学的思考の基本的な概念とその必要性,そして科学的な思考法を学ぶ理由が説明されている.「まなぶ」では,科学的思考の基礎が説明され,仮説の立て方や検証方法,推論の重要性が述べられている.「みがく」では,言葉,数字,グラフ,関係性のセンスを磨く方法が解説されている.「つかう」では,仮説を用いて意思決定を行う実践的な方法が解説されている.終章では,科学的思考の実践を楽しむ心構えが述べられ,自分の意見に根拠を持ち,多角的な視点で物事を見ることの重要性が強調されている.このように,本書は,授業担当者が授業の流れを考える際に非常に役立つ.また,柔らかくわかりやすい文章であるため,学生が自身で読み進めることもできる.

現代の学生たちは,インターネットを利用して多くの情報を得ている.しかし,インターネット経由の情報は高度にパーソナライズされている.利用者の検索履歴などを分析し思想や行動特性に合わせた情報を表示する「フィルターバブル」によって,学生一人ひとりが受け取る情報は実は大きく異なる.このような状況のもとでは,自身がフィルターバブルの中にいることを自覚しつつ,得た情報を「自分自身の力で」批判的かつ科学的に判断することが重要となる.複雑な現代社会をよりよく生き抜くためには,何が問題で,それをいかに解決するかを正しく考える必要がある.これからの社会を生き抜く学生そしてその指導者に,本書を薦めたい.

後藤慎介(大阪公立大学大学院理学研究科)

科学的思考のススメ:「もしかして」からはじめよう 書評 (PDFファイル)

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