深海学 深海底希少金属と死んだクジラの教え 書評

深海学 深海底希少金属と死んだクジラの教え
ヘレン・スケールズ著,林裕美子訳,築地書館,2022年6月,330頁,本体3,000円(税別)

表紙に大きく「深海学」と書かれた本書は、一見学術書のように見える。しかし実際には、柔らかい副題を添えた縦書きの本として出版されているように、広い読者をターゲットとした一般書である。
導入部(プレリュード)は、調査船の生活や作業の描写から始まり、読者を深海調査の旅へと誘う。続く第1部では、後の章を理解するために必要な基礎知識が丁寧に記述された後、マッコウクジラ、ホネクイハナムシ、クラゲ、ハオリムシ、クサウオなど様々な生物を取り上げながら深海の生物学・生態学のトピックスが解説される。続く第2~4部では、深海を中心とする海洋の物理、深海の化学資源、生物資源、鉱物資源などに話題が展開し、最新の調査や研究の結果が広く紹介される。
このように書くと、多くの方は、本書をわくわくする深海科学の本だと思われるかもしれない。しかし、本書が描く最新の深海観は決してわくわくできるものばかりではない。生物資源の乱獲や生態系の破壊、地球温暖化との関係、マイクロプラスチックや化学物質による汚染、有害物の投棄、鉱物資源をめぐる国際競争、それらの深海での出来事と地球全体の環境との関係など、ネガティブな話題も多数紹介される。そして、読み進むほどに、現代の深海がもはや夢のフロンティアではなく、英知を結集して保全すべきものであることに気づかされる。
本書の内容は、手に取った時のサイズ感や、カバーのかわいいイラストから受ける印象よりもずっと重厚である。著者の広い情報収集力や理解力、そして口絵の美しいカラー写真を除けば全て文章だけで語る表現力、加えて、この重厚な内容を翻訳された訳者の力量には感銘を受ける。一般書の体裁ではあるが、タイトルの通り、研究者や学生の方々には学術書として精読する価値がある一方、一般の読者、とくに海の環境保全や海洋政策に関心のある方々にはぜひ挑戦して頂きたい一冊である。

井上 広滋(東京大学 大気海洋研究所)

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