魅惑の生体物質をめぐる光と影 ホルモン全史
R.H. エプスタイン著 坪井貴司訳 化学同人 定価2,600円(税抜)
本書は、ホルモンの役割やその発見の歴史、そして、ホルモン研究や医療現場での使用に関する現状について少しでも興味があれば、誰でも楽しむことができる一冊でしょう。本書を手にした時、まず「ホルモン全史」というタイトルは、300ページあまりの中で取り扱うには何とも壮大なテーマに感じられるかもしれません。しかし、読み終えてみると、ホルモン研究の黎明期から最新の知見に至るまで、さらには未来を見据え、時にはブラックユーモアを交えながらホルモンが医療や社会にもたらした影響の光と影が惜しみなく記された重厚な内容には、十分な満足感と共に、そのタイトルの相応しさも感じられることでしょう。
本書は15の章に分かれており、序盤はホルモンという概念の誕生、その後は成長、生殖、肥満、食欲といった生理現象に関わるホルモンの発見やそれに関連する治療や技術がトピックスになっています。そして、各章は、そのトピックスにまつわる教科書では知りえない歴史的なエピソードに始まり、新たなホルモンや技術の発見・使用を経て、その後、それに関わった人々や社会に何をもたらしたのかまでが書かれています。そこには、過去の歴史だけではなく、ジェンダー問題や更年期障害、さらには愛情ホルモンといった今話題となり研究が進行中のトピックスについての最新の情報や知見も含まれており、これらに興味のある一般の読者はもとより、研究者や大学院生にも楽しめる一般書と専門書の性質を併せもった内容になっています。これは、原著者ランディ・ハッター・エプスタイン氏という医師のバックグランドを持つライターが、その幅広い専門知識と熱心な取材により得た情報を分かりやすい文章で表したことに加えて、訳者の坪井貴司先生による適訳があってこそのものだと思います。ホルモンを少しでも知りたい・学びたいと思う人には、是非ともお薦めしたい一冊です。
矢澤隆志(旭川医科大学生化学講座)