ザトウムシ ところ変われば姿が変わる森の隠遁者 書評

ザトウムシ ところ変われば姿が変わる森の隠遁者 書評
鶴崎展巨[著]、築地書館、2024年7月刊行、2,400円(税別)

動物学者でも、「ザトウムシ」と聞いて明確なイメージを描くことのできる者がどれ位いるだろうか。昨年の第94回動物学会山形大会のプログラムを検索しても、ザトウムシを扱った演題は2件(一般演題1件、シンポジウム1件、どちらも本書の著者によるもの)しかヒットしてこない。本書はそんな一見マイナーな生物を50年以上研究してきた著者による、渾身のモノグラフである。

本書は「第1章 ザトウムシとは」、「第2章 生活史」、「第3章 地理的変異と分布」、「第4章 日本のザトウムシ研究の開拓者」、「第5章 ザトウムシの雑学」「第6章 採集の方法と標本のつくり方」、「第7章 日本産ザトウムシ30種のプロフィール」の7章からなり、章を構成する各節間には、時折興味深いコラムが挟まれていて、肩が凝らない内容になっている。日本産ザトウムシ30種の鮮明な写真を網羅した口絵と第7章を照合すれば、「ザトウムシ図鑑」としての活用も可能である。

小型で乾燥に弱く、生息域が河川に挟まれるだけで地理的に隔離されてしまう位移動能力が低いザトウムシが、どのような戦略をもって現在のような種分化を獲得するに至ったのだろうか。筆者が最も興味をひかれたのは、ザトウムシには;
①4倍体の雌雄が安定して集団を作る種がある
②雌雄モザイクが異様な高率で出現する種がある
③減数分裂時の染色体の不分離や、B染色体の存在等により、種内(場合によっては個体内)での染色体数変異が高頻度な種がある
といった具合に、染色体レベルで検知可能な、興味深い現象が多様に見られる点だった。異種間交雑が起こり得る生物だそうなので、もしかするとアフリカツメガエルのように、二つの祖先種に由来する、異質四倍体として進化してきた種も存在しうるのではないか…などという妄想を抱いてしまう。

本書には、やや専門知識を必要とする部分と、一般読者にも分かりやすい部分が混在するが、大学院進学を控えた学部4年生などが読むと、思わずザトウムシの研究に進みたくなるような、学術的な刺激に満ちた好著といえそうである。一般読者は、著者が書内で提案するように、難解な部分は飛ばして読むだけでも、ザトウムシの魅力に十分浸れると思われる。

筆者がザトウムシの書籍に惹かれたのには、理由がある。筆者が小学生の頃放映されていた、米国(ハンナ・バーベラ社)のアニメ「科学少年J.Q(原題:Jonny Quest)」に登場したロボットスパイ(robot spy)の形態が、(若干差異はあるが)ザトウムシのそれを模したものだったからだ。視聴当時は「妙な形のロボットだな」としか思わなかったのだが、後日ゼニゴケの生えた地面を闊歩する一匹のザトウムシに遭遇し、「そうか、この生き物の形がモデルだったのか!!」と感激したものだった。この幼少体験がずっと記憶に残り、「ザトウムシを扱った書籍の書評執筆募集」と聞き、思わず立候補した次第である。予想に違わず、興味深い話題が満載であった。本書を著わした鶴崎展巨氏に、心より敬意と感嘆の意を表したい。

小山洋道(横浜市立大学理学部・客員教員)

ザトウムシ ところ変われば姿が変わる森の隠遁者 書評(PDFファイル)

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