マダニの科学 ―知っておきたい感染症媒介者の生物学― 書評

マダニの科学 ―知っておきたい感染症媒介者の生物学― 書評

白藤梨可・八田岳士・中尾亮・島野智之(編著) 2024年11月1日刊行 定価4,620円

本書は、「マダニの生物学的特徴を正しく、わかりやすく解説する日本語のマダニ学専門書」(本書「はじめに」より)として企画され、マダニの分類から形態・生理・生化学さらには医学・獣医学的観点の最新の知見までを盛り込んだ包括的なマダニ専門書である。マダニは人や家畜・ペットなどに直接的な加害を与えるだけでなく、病原体の媒介という間接的な加害も与える。このような背景から日本社会全体にマダニの生物学的特性を正しく普及することが重要であることは言うまでもない。本書のような日本語のマダニ専門書は、間違いなく日本全体に正しいマダニの知見の普及につながると考えられ、実際に拝読してもその思いが身に沁みて伝わるものとなっている。

第一章は、Q & Aと称し、マダニに関する広範な内容について一問一答形式でまとめられており、その後の詳細な解説への足掛かりとして機能している。第二章は、マダニ類の分類・系統について、分類群ごとの特徴とともに記載されている。また、日本産マダニ種の特徴も列記されている。第三章では、マダニに関する形態や生理・生化学に関する知見が幅広く記載されている。随所に昆虫などの節足動物との比較を交えながら説明がなされている。血液のみを栄養源とするマダニにとって、ビタミンの供給源となる共生菌の存在にも触れられており、マダニの特徴を存分に知ることができる章となっている。第四章では、生活史や各種行動(探索行動・吸血行動・繁殖行動)、休眠越冬や季節消長、寿命について記載されている。第三章に比べてマクロ的(個体レベル以上)研究が多く紹介されている。第五章ではマダニによる被害と題し、主にマダニ媒介性病原体(ウイルス、細菌、原虫)に関して近年の知見を含めながら詳細に解説がなされている。第六章では、マダニ刺症とマダニ媒介性感染症への対策について、人だけでなくペットや家畜にも言及され簡明に記載されている。第七章では、マダニ研究のさまざまな側面において必要な技術やデータベース(ゲノム情報など)について詳細に記載されている。

本書の「はじめに」によると、本書の対象はマダニの危険にさらされる一般読者や医療・獣医療・農林畜産業などに関わる方々、医学・獣医学・農学教育における寄生虫学とその関連学問の初学者、専攻・専門とする方々、野外活動などが行われる小中学校の教育現場、自然活動団体等の皆さんとあるが、本書全体を完全に理解する(特に第三章)には、少なくとも節足動物に関する分子生物学を一通り習得した専門家でないと難しいと思われる。一方で、マダニによる被害や対策が記載された第五章や第六章については、その内容を完全に理解することは難しくても一般読者にとって直接的な利益になるような内容が多く詰め込まれている。このように本書は読者の幅広い需要に応えることができる内容が詰め込まれており非常に価値の高い本であるといえる。

左倉和喜(基礎生物学研究所 進化発生研究部門)

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