女性研究者奨励OM 賞授与者の選考結果について(報告)
女性研究者奨励OM 賞選考委員会 委員長 真行寺千佳子
平成29 年度の女性研究者奨励OM 賞の選考委員会は、真行寺千佳子(東京大学)、小川宏人(北海道大学)、渡辺絵理子(山形大学)、道上達男(東京大学)、窪川かおる(東京大学)、岡田令子(静岡大学)、日下部岳広(甲南大学)、尾崎浩一(島根大学)、山脇兆史(九州大学)の9 名の選考委員により構成されました。授与候補者は、各委員による事前の書面審査、および選考委員全員が出席して開催された選考会議により最終候補として推薦され、6 月の理事会で承認されました。 選考会議では、書面審査に基づく評価を参考にしながら、10 名の応募者について授与候補者となりうるかを審議しました。OM 賞の趣旨に基づき重視したのは、優れた動物科学の研究を推進しているだけでなく、安定した身分で研究を続けることが困難であるにもかかわらず強い意志と高い志を持って研究を継続しているか、という点です。特に、研究者としての独立性や研究姿勢、研究の取組み方、将来性にそのような意志が反映されているかを丁寧に審議しました。その結果、以下の2 名を授与候補者として理事会に推薦することとしました。
授与候補者の氏名、所属、職、「研究テーマ」
夏堀晃世(なつぼりあきよ)
東京都医学総合研究所 精神行動医学研究分野 主席研究員
「動物の睡眠覚醒に関わる脳部位における神経細胞内ATP 変動の解明」
山㟢敦子(やまざきあつこ)
筑波大学生命環境系 学振RPD
「棘皮動物の骨形成機構の進化に関する研究」
推薦理由 今回の応募者10 名の研究内容はいずれも優れたものであり、申請書からはそれぞれの応募者の強い研究意欲を感じることができました。その中でも、2 名の候補者の研究には、際立った独創性と発展性が感じられ、その研究姿勢と研究に対する情熱が高く評価されました。
候補者の夏堀晃世氏は、東京女子医科大学で学んだ医師で、初期研修医の後に、精神科レジデントとして睡眠疾患の診療を行なった際に睡眠に強い興味を持ち、睡眠の脳活動基盤の解明を目指して基礎研究への転向を決意し、北大大学院博士課程で概日リズムについて学び博士号を取得しています。これまで生きた動物における特定の神経活動の観察には、蛍光カルシウムプローブを発現させた遺伝子改変マウスの脳を、顕微鏡観察するのが一般的で、これでは睡眠中枢領域のある深部脳の神経活動観察はできませんでした。夏堀氏は、脳深部に光ファイバを挿入し、特定神経のカルシウム動態を蛍光計測するシステム(ファイバフォトメトリー)を構築し、マウスの意欲行動と報酬獲得に伴う腹側線条体ニューロンのカルシウム活動パターンを明らかにする、という優れた業績を上げています。今回申請の研究では、睡眠・覚醒に関与する脳部位で細胞内のATP 変動が生じ、それが神経活動に影響を与えた結果睡眠—覚醒を起こすという仮説を立て、脳内の特定ニューロン(視床下部のオレキシンニューロン)の細胞内ATP 濃度測定をファイバフォトメトリーにより実現しようとするものです。現在、東京都医学総合研究所睡眠プロジェクトの5 年任期の主席研究員です。大学院在学中に遠距離結婚生活、その後自身の闘病生活等々に直面しながらも、どのような状況にあっても頑張り抜かなければという決意を持って挑み続け、女性が研究を継続することの難しさを強靭な精神で乗り越え、優れた研究業績をあげています。昨年、現在のポストを得て、出産なさっています。このように、直面する困難はあっても研究への情熱、意欲、責任感を持ち続け、強い意志を持って研究の継続のために努力している点が高く評価されました。
候補者の山㟢敦子氏は、ウニを材料として幼生の骨の形成メカニズムの解明を目指しています。山㟢氏は、これまで、棘皮動物の進化の過程で獲得された新規形質である「幼生の骨」をつくる発生メカニズムの解明を目指してきました。棘皮動物の成体はいずれも骨をつくりますが、クモヒトデ、ナマコ、ウニは幼生独自の骨を持つことが知られています。この「幼生の骨」は、成体の骨をつくる遺伝子ネットワークが初期発生期に導入され、再利用されたことで獲得されたと考えられています。一方、幼生の骨をつくる遺伝子ネットワークだけを見ても、クモヒトデ、ナマコ、ウニで一部保存されているものの、その上流部分は異なることが示唆されています。申請のテーマでは、幼生の骨の起源と進化を明らかにするために、ヒトデの成体の骨と、クモヒトデと原始的ウニの幼生の骨を形成する遺伝子ネットワークを解明し、比較することを目指しており、その独創性が高く評価されました。研究の場を何度も変えざるを得ないという困難な環境の中にあっても、骨片形成の謎を解くという研究課題を継続発展させ、今回申請の計画では、研究の対象を棘皮動物全体へと拡大し、進化的な問題へのアプローチを行なおうとしています。現在、学振の研究員(RPD)という不安定な立場にあり、かつ出産を控えていますが、研究に対する情熱を常に失うことなく、マイナス面を最小限にとどめ克服しようとしています。大変な困難をいくつも乗り越えて来ているにもかかわらず、申請書の記述からは研究に対する情熱と積極的に事態を打開しようとする前向きな強い意志が感じられ、困難に屈することなく研究を続けようとする研究姿勢が高く評価されました。 以上