コーウェン地球生命史 原著第6版 書評
マイケル・ベントン 編
ロバート・ジェンキンズ 久保 泰 監訳
東京化学同人 出版
令和5年7月21日発行
304頁
本体4,900円(税別)
「地球生命史」(以下、本書)は生命の進化と地球の変遷に関する幅広いトピックをカバーした、たいへん興味深い内容が詰まった書籍である。本書評では、まず本書著者らによる「まえがき」に記された内容を一部抜粋したものをお読みいただきたい。本書が出版される意義、著者らの想いが最も端的に表現された力強く誠実な一文をお読みいただければ、本拙文も最後まで読んでいただけるチャンスがより増すと期待してのことである。
(以下「まえがき」から引用)なぜ過去について考えなければならないのだろうか。もし過去を理解していなければ、私たちはどうやって現在の問題に賢く対処できるだろうか。・・この惑星で、大自然は35億年をかけて気候や地理を変え、新しい生物を導入し、あらゆる実験を行なってきた。私たちが化石記録からこれらの実験の結果を読み取ることができれば、現在の生命圏の限界についても知ることができるだろう。そうすれば、大災害が起こる前に現在の生命圏を延命させることができるかもしれない。(引用、ここまで)
本書冒頭にある「まえがき」と「監訳者まえがき」に続いて示されている「目次」は、23章で構成される本書の全体像を俯瞰することに役立つだろう。各章のタイトル、そして各章にぶら下がる項目名はいずれも短い言葉で示されており、初学者など、本分野に不慣れな読者にとっても全体像の把握を容易にしている。「目次」におけるもう一つの注目すべき工夫は、計230からなる各章の項目群のうち、”古生物学を学ぶための基礎知識”をカバーしている16項目をハイライト表記している点である。その内容は次の通りである。(以下、「目次」から引用)化石の年代をどう調べるか?/生物学における同位体の利用/分岐分類/分子時計/生物群集と生物地理/空気呼吸/羊膜類と羊膜のある卵/四足動物の草食性はどのように進化するのか?/原生爬虫類における体温調節/飛行の種類/被子植物の成功の理由/プロキシ:古気候を知る/科学的海洋掘削とプロキシ/哺乳類の大分類/島の生物地理/古代DNA(引用、ここまで)。読者はこれらのリストを適宜なぞらえ、興味関心ある章の内容と行き来しながら読むことで、古生物学がもつ学問分野としての世界観や基本的な研究手法・方法論に徐々に慣れ親しむことができるであろう。
本書のメインボディである全23章281ページは、章あたり分量は8~14ページ、それぞれ5~17項目(合計230項目)でまとめられている(そのうちのいくつかは、先述した”古生物学を学ぶための基礎知識”を担う項目である)。その中にあって読者の読み解きにとって効果的であると思われるのが、各章タイトルの直後、本文冒頭の手前に示されている「?」ではじまる見出しである。各章あたり3~4つのクエスチョン、あるいは検討課題が示されている。例えば、第1章「生命の起源」では次のクエスチョンが示されている。(以下、「1章」から引用)初期地球の冷却後、彗星や隕石が氷(=水)や多種多様な有機物をもたらした。多くの研究者はこれらが地球誕生の重要な要素だと考えている。同様のことは火星や金星でも、そして月でも起こっていたはずであるが、なぜ地球だけで生命が誕生したのか?地球のどこで生命が誕生したのか?自分自身で考え、どこがもっともらしいか、根拠や証拠とともに示してみよう。すでに絶滅した生物の生きた姿を直接観察することは不可能であるため、”古生物学はファンタジーである”との意見があるかもしれない。この主張への意見を述べてみよう。(引用、ここまで)これらを短く言い換えるなら「なぜ地球にだけ生命が誕生できたのか?」「最初の生命は地球のどこで誕生したのか?」「生命誕生のしくみを、いまの人の営み(研究)によって知ることなど、ほんとうにできるのか?」といったところであろうか。これらの問いは、少しでも地球や宇宙、生物、そして「生きていること」に関心をもったことがある人であれば誰でも、すなわち、わたしたちの全てが例外なく思い描いたことのある、ある意味で「馴染みのある」問いではないかと思われる。
本書は、このような基本的、根本的な問いを問うことを起点として、地球生命史45億年の流れを丁寧に辿っていくのである。その各章タイトルと概要は次の通りである。
1 生命の起源:「地球生命史」の冒頭を飾るこの章は、生命の起源に関する謎に迫る興味深い議題を取り上げている。著者らは、初期地球の冷却後、隕石や彗星が生命の礎をもたらす可能性を探究している。さらに、なぜ地球でのみ生命が誕生したのかという疑問を投げかけ、読者にその答えを考察させている。また、「古生物学はファンタジーである」という意見に対する反論も示され、科学の進歩がどれほど重要かが強調されている。
2 初期生命:岩石と化石を通じて初期生命の謎に迫る。放射年代測定の難しさや、過去の地球の進化を宇宙船から観察するという仮説的なアプローチについても議論されている。読者は、自らの想像力を働かせ、科学的な方法論に触れながら、初期生命の展開を考える契機となるであろう。
3 真核生物の誕生:真核生物の起源とその進化に焦点を当てている。種の概念や有性生殖の利点、単細胞様の化石からの情報の取り扱い方など、生物の進化に関する基本的な問題が探究されている。読者は、生物の多様性や適応のメカニズムについて考える刺激を受けるであろう。
4 多細胞動物の進化:エディアカラン紀に繁栄したランゲオモルフという古代の生物を取り上げ、その体のつくりや生態について議論している。また、その後の進化における大量絶滅や生態系の変遷についても検討されている。読者は、過去の生態系の複雑な絡み合いや変化を理解する一助として、この章を活用できるだろう。
5 カンブリア爆発:カンブリア紀における多様な生物相とその進化に焦点を当てている。奇妙なバージェス動物群や生体鉱物の役割についての考察は、読者に古代の生態系の複雑さと驚異を示唆している。また、捕食者と生物多様性の関連性や、生体鉱物の重要性についての情報も提供されている。
6 変化する地球と生命:地球の大きな変遷と海棲生物の多様性の変動に焦点を当てている。大量絶滅のパターンや生物の進化に影響を与える要因についての考察は、読者に地球の歴史的な変化と生物の適応力について深く考えさせる材料となるだろう。
7 初期の脊椎動物:初期の脊椎動物の進化に関する重要な問題を取り上げている。魚の進化や空気呼吸の利点、進化の過程が分かりやすく説明されており、読者には脊椎動物の多様な適応の過程を理解する手助けとなるだろう。
8 水を離れて:水生生物が陸上に進出する際の適応進化に焦点を当てている。植物と動物のそれぞれの進化過程や、その進化が地球全体の環境に与えた影響について深く考察されている。特に、植物が陸上進出によって引き起こした大気中の酸素濃度上昇や生物地球化学サイクルの変化に注目している。
9 初期の四足動物と羊膜類の起源:初期の四足動物と羊膜類の進化について詳しく探究している。肉鰭の発達や四足動物が陸上で克服しなければならなかった課題、初期の昆虫の植物食への適応などが解説され、読者は四足動物の多様な進化の過程を理解できるだろう。
10 初期の羊膜類とその体温調節:初期の羊膜類の進化と体温調節に焦点を当てている。羊膜類の進化過程や適応の結果、体温調節の利点と欠点について考察されており、読者は生物の進化における適応の複雑さを洞察できるだろう。また、地理的変化が動物相と植物相に与える影響にも触れられている。
11 中生代の海洋変革:中生代の海洋変革とその影響について詳しく議論している。海洋生態系の変化や生物の適応、海洋動物の進化に関する興味深い情報が提供されている。また、海洋生態系が受ける気候変動の影響や、地球全体への連動性についても考察されている。
12 三畳紀の交代劇:三畳紀の交代劇とそこから生じる進化の舞台に焦点を当てている。脊椎動物の進化や収れん進化の例が取り上げられており、読者にとっては生態系の変化と進化の相互作用を理解する手助けとなるだろう。
13 恐竜:恐竜の進化と多様性、そしてその絶滅に関する興味深い情報が探究されている。恐竜の巨大化や空気呼吸の進化、羽毛の役割などが解説されており、読者は恐竜の生態や進化の奥深さを理解できるだろう。
14 鳥類と飛行の進化:鳥類と飛行の進化に関する重要な問題を取り上げている。飛行の進化パターンや鳥類と翼竜の比較、鳥類の飛行起源に関する異なる説などが詳しく解説されている。読者は飛行の進化や生態系への影響について深く考えるきっかけとなるだろう。
15 白亜紀の陸上革命:白亜紀の陸上生態系の変化とその影響に焦点を当てている。被子植物の出現や昆虫の多様化、それに伴う生態系の変動について詳しく解説されている。また、被子植物の成功の理由やその他の進化の要因についても考察されている。
16 恐竜の最後:白亜紀末の恐竜絶滅の要因とその影響に焦点を当てている。隕石衝突説と火山活動説などの異なる仮説が詳しく解説されており、読者は恐竜絶滅の謎に迫る興味深い情報を得ることができるだろう。
17 変化する海と気候:地球の気候変動と海洋生態系の変化に関する重要なテーマが探究されている。気候変動のプロキシや海洋生態系の変遷、産業革命以降の影響についての情報が提供されており、読者は地球の環境変化と生態系の複雑な関係性を考察できるだろう。
18 哺乳類の起源:哺乳類の進化と特徴に焦点を当てている。永久歯の適応や哺乳類の頭骨・顎の特徴、有袋類と有胎盤類の違いなどが解説され、哺乳類の多様な進化過程を理解する手助けとなるだろう。また、白亜紀における哺乳類の立ち位置や進化の制約についても考察されている。
19 新生代の哺乳類:新生代の哺乳類の進化と多様性に焦点を当てている。恐竜絶滅後の生態系の再編や生物の適応、現代の哺乳類の多様性の成り立ちについて詳しく解説されている。また、産業革命以降の人間活動が生態系に与える影響も考察されており、読者は環境変化と生物の進化の関係性を洞察できるだろう。
20 地理と進化:地理的な分布と進化の関係に焦点を当てている。大陸移動や生態系の形成、動植物の進化の連動性などが解説されており、地球上の多様な環境が生物の進化に与える影響を理解する手助けとなるだろう。また、人間の活動が生態系に与える影響についても考察されている。
21 霊長類:霊長類の進化と特徴に焦点を当てている。霊長類の進化過程や現代の種の多様性、人類との関連性などが解説されており、読者は霊長類の進化の歴史と多様性を深く理解できるだろう。また、遺伝子データや化石記録を用いた進化の解明についても詳しく考察されている。
22 人類への進化:人類の進化とその歴史に焦点を当てている。ホモ・エレクトスやネアンデルタール人の進化、人類の古代DNAによる解析などが詳しく解説され、人類の進化の複雑さと多様性を理解する手助けとなるだろう。また、人類の進化が地理的な要因や環境変化とどのように関連しているかも考察されている。
23 氷河期の生物:氷河期の生物とその進化に焦点を当てている。氷河期末の絶滅事象や生態系の変化、絶滅の原因に関する考察が提供されている。また、最後には絶滅の影響を受けにくかった地域や生物についても言及され、氷河期の生物進化に関する興味深い情報が探究されている。
全章本文の後には、「引用文献(英語論文113編)」「索引(約1100語)」そして「表紙画:生命史のらせん階段」の監訳者による解説文などが収められている。以上が、本書の全概要である。
本拙文の書き手であるわたし個人にとって、もっとも興味をそそられる、そして何よりも先に読みたいと思う章は、13章「恐竜」から16章「恐竜の最期」までの4章である。竜脚類(ディプロドクス、アパトサウルス、ブラキオサウルスなど)に代表される恐竜たちがどうして巨大化できたのか、同時代の飛行動物であった鳥類と翼竜の共通の特徴、また異なる特徴、そして、なぜ鳥類は白亜紀末の絶滅を生き延びられたが、翼竜は生き延びられなかったのか。白亜紀末の大量絶滅(K-Pg絶滅)、隕石衝突によりどのようなことが起こったと考えられているか、K-Pg境界で絶滅した生物と生き残った生物の違いは何か、などなど、アカデミックな予備知識をほとんどもたない恐竜ファンであるわたしにとっても、ワクワクするような問いかけのもとで各章では興味深い科学的事実や、そのことを受けての著者らの論考内容が示されている。
著者らは本書冒頭の「まえがき」(前出)において、次のことも書き記している。(以下「まえがき」からの引用)みなさんに伝えたいことがある。本のなかの解釈については、そのままに受け取る必要はない。化石記録そのものなどの”事実”と違って、解釈や仮説は一つの意見に過ぎない。もし、この本に書かれた仮説よりも優れたアイデアが思い浮かんだなら、ぜひそれについて検討してみてほしい。まずは引用されている文献をあたってみることだ。・・・1960年代によく使われたスローガン、”Question Authority!(権威を疑え!)”は今でも有効だ。(引用、ここまで)わたしたちはともすれば、このような膨大かつ壮大なスケールの内容をもつ書籍を前にして、しばしば無批判で受け身な読み手に終始してしまうことがある。そのことに対する著者たちからの、温かく優しい、励ましに満ちた警鐘と言えるだろう。心して、批判的思考をもちながら、そして楽しく読み進みたいものである。
本書評文を書くための読み解きを通して、わたしの中で思い起こされた古い問いかけの一文がある。それは「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という問いである。ご存知の方も多いと思うが、これはフランスの画家ポール・ゴーギャンが描き残した著名な絵画のタイトルであり、かつわたしが一番気に入っている問いである。わたし自身が生業とさせていただいている生命科学研究という営みは、カエルの卵にまつわる諸課題(形成、成熟、受精、そして細胞死など)をテーマとしているものではあるが、他のあらゆる生命科学研究と同様に(とわたし個人は考えている)わたしたち人間の生物としての成り立ちとこれからを明らかにしていくことを目的にもち、営んでいる営みであると考えている。その意味で本書は、古生物学という一専門分野に触れるための最良の教科書であるばかりでなく、広く生命科学全般に興味関心をもつ研究者、学生、そして一般の読者にとって「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」を深く考えさせてくれる良書であるに違いない。最後に、監訳者がそのあとがきの中で記していた、力強い自薦の一文を引用して、本書評の締めくくりとしたい。長い長い、そして拙い書評文となってしまったと思うが、辛抱強く?お読みいただいた諸氏には心から感謝を申し上げたい。ありがとうございました。
(以下「監訳者あとがき」から引用)ここに、生命の歴史と古生物学の原理を学びとる最良の1冊が誕生したと自負している。・・・温暖化や生物多様性などの地球環境問題に興味をもつ多くの人にとっても、現在の状況を客観視するために過去の地球環境と生命を概観するうえで本書が役に立つだろう。(引用、ここまで)
2023年8月
KENICHI、ことイチ恐竜ファン(京都産業大学 生命科学部 産業生命科学科)
佐藤 賢一