平成30年度日本動物学会奨励賞の選考結果・受賞者要旨

2018年6月2日北海道大学東京オフィスで開催されました理事会におきまして、学会賞等選考委員会による厳正な審査のもと、各賞の候補者が理事会に推薦されました。日本動物学会理事会は、審議を行った結果、平成30年度日本動物学会の各賞について、下記のようにその授与を決定しました。

日本動物学会

平成30年度 日本動物学会奨励賞 3件


柴 小菊(しば こぎく) 
筑波大学下田臨海実験センター・助教
「可視化・イメージング技術の開発による高速鞭毛繊毛運動のメカニズム解明に関する研究」

授賞理由

 柴小菊会員は、高速で運動する真核生物の鞭毛繊毛運動の調節メカニズムを解明する目的で、高輝度LEDストロボ照明装置を組み込んだ光学顕微鏡解析装置とソフトウェアを独自に開発した。また、開発した装置を用い、精子内に取り込ませたインディケーターの蛍光像から、精子誘因物質に応答して運動方向を変化させる際のカルシウム動態をイメージングすることに世界で初めて成功した。この技術は、鞭毛繊毛運動の解析のみならず、さまざまな生物科学関連分野の運動解析系に応用することが可能であり、国内外の多くの共同研究に発展している。国際的にも高く評価されており、これからの動物学を牽引する研究者として活躍することが期待されることから、柴会員に日本動物学会奨励賞を授与することを決定した。

受賞者要旨

真核生物の鞭毛・繊毛は、精子運動、プランクトンの遊泳、体内の水流制御などにおいて重要な運動器官であり、その構造・機能は進化を通して高度に保存されています。人間の体内においても脳、気管、腎臓、感覚器、精子など鞭毛・繊毛はあらゆる場所に存在しており、鞭毛・繊毛構成因子の欠失は水頭症、気管支炎、不妊症など重篤な疾患を引き起こすことが知られています。私は卒業研究でウニの幼生繊毛が作り出す滑らかな波形変化をみて、またその運動が微小管とモータータンパク質ダイニンから成る9+2構造と呼ばれる非常に緻密で美しい構造から生み出されることを知り、鞭毛・繊毛の運動制御機構に興味を持ちました。そして海産生物を主な実験材料とし、微細かつ高速運動をする鞭毛・繊毛の機能解析を行うための可視化・イメージング技術の開発およびその応用に取り組んできました。

卒業研究から博士後期課程までお茶の水女子大学・馬場昭次先生のもとで、LEDをストロボ光源とする顕微鏡照明装置の開発や馬場先生がプログラミングされた細胞運動解析ソフトウェアBohbohによる膨大な波形画像データ解析の技術を習得し、卵由来精子活性化物質によるウニやヒトデの精子鞭毛運動調節機構の研究を行いました1,2。学位取得後は習得した技術を武器に、東京大学三崎臨海実験所においてホヤ精子走化性制御の研究に取り組み、高速運動中の精子鞭毛内カルシウム濃度の可視化技術により、精子が卵に近づく際の方向変換に必要な鞭毛波形変化が急激な鞭毛内カルシウム上昇によって引き起こされることを発見しました3。2009年からは筑波大学下田臨海実験センターにおいて、ホヤ精子タンパク質カラクシンがカルシウムシグナルを介して直接ダイニンを制御し精子走化性に関与していること4、ホヤ精子運動におけるアデニル酸シクラーゼの役割5、体内受精を行う巻貝の精子後進運動機構6等を明らかにしました。さらに鞭毛運動解析や細胞内イメージングを担当した共同研究において、ホヤ精子の自家不和合性に直接関与するカルシウムシグナルの可視化7、イカ精子の自己集合とCO2走化性の発見8、正常な運動制御と受精能力に必須である精子カルシニューリンの発見9に寄与しました。

鞭毛・繊毛は、高速運動を行いながら周囲の環境に応答して瞬時に運動調節を行い、精子走化性だけではなくさまざまな生体反応に関与しています。これまで私が培ってきた独自の鞭毛・繊毛運動の可視化・イメージング技術を駆使することで、真核生物共通の鞭毛・繊毛運動制御機構を引き続き明らかにしていきたいです。

学生のときから海産生物を材料として研究を行ってきて国内外さまざまな臨海実験所において、採集、研究者との交流、多様な生物との出会いなど貴重な経験をさせていただきました。最後にこれまで臨海実験所や共同研究を通して出会った全ての方々に感謝申し上げます。

References: 1. Shiba et al.Zool Sci(2005), 2. Shiba et al.Zygote(2006), 3. Shibaet al.PNAS(2008), 4. Mizunoet al.PNAS(2008), 5. Shibaet al.Int J Mol Sci(2014), 6. Shibaet al.J Exp Biol(2014), 7. Saitoet al.PNAS(2008), 8. Hirohashiet al.Curr Biol (2008), 9. Miyataet al.Science (2015)

 


竹内 勇一(たけうち ゆういち) 
富山大学大学院医学薬学研究部(医学)・助教
「魚類の左右性における生態学的役割とその神経基盤」

授賞理由

 例えば人間の場合、多くの人は右利きで、また言語処理は大脳の左半球に局在している。この現象を側方化と呼ぶが、近年、これは人間に限った現象ではなく、多くの動物(昆虫や魚類・鳥類に至るまで)にも広く生じている。体の右と左を使い分けるためには、非対称な身体を持つだけでは十分ではなく、非対称な脳を持つ必要がある。脳と体を合わせて側方化しなくてはならないが、その機構は全く分かっていない。竹内勇一会員は行動科学のこの未解決問題に、魚類、特にタンガニーカ湖に棲息する淡水魚シクリッドに焦点を当てて取り組んできた。鱗食魚として知られるスズメダイ科の魚の一種は、個体ごとに口吻が右に(あるいは左に)曲がっている。それに応じて大型魚の左側(あるいは右側)から襲って鱗を取るが、この二つの形質は頻度依存的な適応度を持ち、両者の個体数はほぼ均衡している。竹内会員はこの側方化の機構を明らかにするために、生態・形態・生理・行動の分野の壁を超えた研究を推し進め、多くの重要な知見を積み上げて高く評価されている。将来の発展を期待し、竹内会員に日本動物学会奨励賞を授与することを決定した。

受賞者要旨

私は「生物の行動原理とそのメカニズム」を理解するために、魚類や昆虫、甲殻類を対象として、神経から行動・進化まで体系的に研究してきた。ここでは、博士課程から現在に至るまで、一貫して研究を行ってきた「魚類の左右性」の業績についてまとめる。

ガラパゴス諸島と共に進化の実験室として有名なアフリカ・タンガニイカ湖に棲む鱗食性シクリッド科魚類Perissodus microlepis(鱗食魚)は、口が右か左かにねじれて開き、その口を被食魚の体側に押しつけ鱗を食べる。左体側の発達している「左利き」は獲物の左側を、「右利き」は右側の鱗を狙うことが、野外研究から示されている。その後、鱗食魚で発見された魚類の左右性は、他の魚にも広く見られる形質であることが分かってきた(Hori et al. 2017, Zoological Science Awards 2018を獲得)。また、鱗食魚や魚食魚では、自分とは逆の利きの被食者を多く捕食しているので、左右性は単なる形態的左右差ではなく、捕食被食関係と深く結びついていると考えられる。そこでタンガニイカ湖に赴き、エビ食魚とその餌のヌマエビを対象に、捕食被食関係に対する左右性の影響を解明することを目的として、【1】エビ食魚は口部形態に非対称性が見られ、捕食行動に左右への偏りがあること、【2】ヌマエビも逃避行動に左右の偏りを示すこと、【3】エビ食魚とエビの左右性の比率は共に約3年周期で同調するように振動しており、その変化はエビ食魚の少数派の利きの方がより多くエビを捕食できる影響に起因することを明らかにした(Takeuchi & Hori 2008他)。以上より、左右性は多様な水生動物で見出される一般的な現象であること、捕食や逃避行動における利きは生存上有利に働くことで、個体群動態に影響を及ぼすことを解明した。

このような行動の左右性(右利き・左利き)はヒトを含む多くの動物で見られ、精巧な生態機能を果たすには欠かせない特性と考えられているが、それを生み出す脳神経系の構造的・機能的な複雑さゆえに、神経回路のどこにどのような左右性があるのかは不明だった。そこで、世界的に前例のない鱗食魚の飼育技術の開発をゼロから始め、鱗食行動の実験解析を可能にした。私はこれまでに、【1】捕食行動が5つの行動成分から成り立ち、鱗をはぎ取る際の胴の屈曲運動にも明確な左右差があること、【2】その屈曲運動は後脳に左右一対で存在するマウスナー細胞で駆動される逃避時の屈曲運動に酷似すること(Takeuchi et al. 2012)、【5】捕食行動の左右性は稚魚期には曖昧で、下顎骨の左右差の発達に伴って一方に偏ること、口部形態がより大きな非対称性を示す個体のほうが多くのウロコを摂食していること(Takeuchi et al. 2016)、【6】捕食行動の左右性の強化は鱗食経験を通じて学習で起こることを実験的に実証した(Takeuchi & Oda 2017)。さらに、世界で初めて飼育下での鱗食魚の繁殖に成功し、【7】左右性の分子遺伝基盤の研究に着手して、鱗食魚の右脳/左脳に特有な発現を示す遺伝子群を同定、それは右利き/左利きにかかわらず共通していることを明らかにした(Takeuchi et al. 2018)。このように、鱗食魚は左右性の脳内制御機構を統合的に理解する上で理想的な動物である。今後、長い間謎とされていた「利きの仕組み」の解明が進むとともに、脳の左右性の構築原理や右利き・左利きの動作原理の理解にも大きな貢献をすると期待される。

現在の生物科学は、「モデル動物」を用いた分子生物学的研究が主流であるが、鱗食魚システムのように、テーマに適した表現型をもつ「非モデル動物」を用いた多角的研究戦略が、生命現象の深い理解に繋がることを感じていただければ幸いである。

 


宮川 一志(みやかわ ひとし) 
宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター・准教授
「ミジンコの表現型可塑性を制御する内分泌機構の解明」

授賞理由

 宮川一志会員は、ミジンコの表現型可塑性の発生制御と誘導における内分泌機構の役割、また節足動物における幼若ホルモンシグナルの進化に関する研究を精力的に行ってきた。天敵に対する防衛として起こる誘導防衛において、幼若ホルモンやイオンチャネル型グルタミン酸受容体が関与することを明らかにすると共に、ミジンコの幼若ホルモン受容体を初めて単離し、環境変化に応じて単為生殖から有性生殖に変化する環境依型性決定において、オス化が幼若ホルモンシグナルによって引き起こされることを示した。また、幼若ホルモン受容体の1アミノ酸変異がリガンド特異性を変化させることを見出し、節足動物における幼若ホルモンシグナルの進化において、幼若ホルモン受容体とその下流シグナルの多様化が重要なことを示した業績は高く評価されている。このように幼若ホルモンを中心としたミジンコの表現型可塑性の分子機構についての研究は、無脊椎動物の内分泌学の発展に貢献し、将来の発展も期待されるため、宮川会員に日本動物学会奨励賞を授与することを決定した。

受賞者要旨

 様々な環境シグナルに応じて表現型を作りかえる表現型可塑性は生物が環境に適応するための非常に重要な能力であり、その制御機構の理解は近年の発生生物学や進化生物学の大きなトピックの一つです。私は主に甲殻類であるミジンコを使用して表現型可塑性の発生制御と進化における内分泌機構の役割を解明すべく研究に取り組んできました。ミジンコは、天敵存在下で防御形態へと変化する「誘導防御」や、通常クローン繁殖でありながら環境変化に応じてオスを産生し有性生殖を行う「環境依存型性決定」および「生殖戦略転換」など、非常に顕著な表現型可塑性を多数見せる生物です。

 博士課程時代より私が精力的に取り組んで来た課題は、ミジンコの誘導防御の制御機構解明です。誘導防御は捕食-被食関係の進化過程を理解する上で極めて重要な現象でありながら、その分子機構はほとんど明らかとなっていませんでした。私は分子生物学的手法や生理学的手法を駆使することで、幼若ホルモン(JH)やイオン共役型グルタミン酸受容体などが誘導防御の制御に関与することを明らかにし、誘導防御制御の分子シグナルカスケードモデルを構築しました。

 上記のJHは、節足動物全般において脱皮・変態・生殖の制御に中心的に働くホルモンであり、また以前からミジンコに暴露することで性決定をかく乱しオス産生を誘導する物質として知られていました。学位を取得し基礎生物学研究所へ移ったのち私は、JHという単一のホルモンが、多くの節足動物で共通の機能を持ちながら、一方でミジンコにおいて誘導防御および環境依存型性決定という特異な表現型可塑性の制御にも関与することから、その機能分化が節足動物進化の鍵となるのではと着眼し、甲殻類であるミジンコと昆虫類において詳細なホルモンシグナル経路の比較解析を計画しました。私は2種のミジンコより甲殻類において初めてJH受容体の単離に成功し、さらにホルモンリガンドと受容体の相互作用を解析するための哺乳類培養細胞を使用したレポーターアッセイ系も新たに確立しました。これらの実験系を用いてミジンコの幼若ホルモン受容体の機能を解析した結果、JH受容体を介したシグナルによってミジンコのオス産生が引き起こされていることが強く示唆され、ミジンコにおける内分泌かく乱化学物質の作用機序の一端を解明するに至りました。さらに、昆虫類とミジンコの受容体の間で生じている1つのアミノ酸の変異が種ごとのホルモンリガンド特異性に強く影響することが明らかにしました。リガンド特異性の変化は短期間で新たな上流シグナル経路の取り込みを可能とするため、この結果はJH経路の高い進化可能性を示唆します。

 現在所属する宇都宮大学に移ってからも、節足動物のJH経路の進化に関する研究を継続しています。近年ではJHの下流シグナルの多様化の要因候補として、JHを受容した受容体が転写因子として働く際に結合する下流因子の制御領域にミジンコと昆虫類の間で変化が生じていることを発見しました。

 上記の成果はいずれも、これまで指導してくださった先生方や、同僚の多大なる助力を得て達成することができたものになります。今後も様々な分野の研究者と積極的に交流し、生物が表現型可塑性をはじめとする複雑な生命システムを創り上げ・維持してきた過程に内分泌機構が果たしてきた役割に迫りたいと考えています。

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