2012年6月11日掲載
社団法人日本動物学会
学会賞等選考委員会 委員長
高橋孝行
平成 24年度の学会賞、奨励賞、女性研究者奨励OM賞の授与候補者を選考する学会賞等選考委員会が5月10日(金)、東京の北海道大学東京オフィスの会議室において開催された。選考は 内分泌、形態・細胞、生理、発生、生化学・分子生物学、生態・行動、分類・系統・遺伝・進化の各分野から7名(西田宏記、筒井和義、蟻川謙太郎、玉手英利、松島俊也、見上一幸、高橋孝行)の選考委員が全員出席して行われた。学会賞は7名、奨励賞は12名、OM賞は7名の応募があった。それぞれの賞の選考規程に基づき、推薦書(学会賞と奨励賞)と申請書(OM賞)の内容を詳細に審議した。最終的には、全員一致で、学会賞2名、奨励賞2名、OM賞2名の会員を候補者として理事会に推薦することとした。
平成24年度日本動物学会賞
応募者は7名であった。動物学は広範な学問領域からなるが、ほとんどの応募者はそれぞれの領域を代表する優れた研究者であり、選考規程にある「学術上甚だ有益で 動物学の進歩発展に重要かつ顕著な貢献をなす業績をあげた研究者」の条件を満たしていた。その結果、高い水準での審議となった。選考は困難を極めたが、応募者の研究内容、研究業績、動物学の進歩発展への貢献度について詳細に審議した結果、2名の候補者を理事会に推薦することとした。
受賞者氏名・所属・職
神谷 律(かみや りつ)
東京大学大学院理学系研究科・元教授
研究テーマ 「鞭毛運動におけるダイニン機能とその調節機構の研究」
沼田英治(ぬまた ひではる)
京都大学大学院理学研究科・教授
「動物の生活史を調節する環境要因および生物時計の研究」
推薦理由
神谷律会員は、ほぼ全ての真核生物に保存されている鞭毛運動に関する卓越した研究により、数多くの知見を発見し学術的に重要な成果をあげてきた。鞭毛はよく知られている構造パターン(9+2構造)をもち、根本で起こった屈曲が波として先端方向に繰り返し伝播するという複雑な運動を行う。その背景にある制御機構の本質は未解明であったが、クラミドモナスを実験材料として、様々なダイニンに異常をもつ変異体株を単離・解析するというアプローチにより、多様なダイニン分子を見出すとともに、変異株の運動性の変化を解析することによって、周辺微小管の単純な滑りでは実現できない波動運動が、多様なダイニンの働きによって実現しているという画期的な発見にいたった。鞭毛運動の研究分野において、運動を担う構造の分子生物学的研究で常に世界を先導してきた。数多くの研究成果が国際的一流誌に掲載され、日本の鞭毛運動の研究が世界をリードする水準にあることを立証した。「動物に普遍的に存在する鞭毛運動の分子機構の理解」を著しく進展させた神谷律会員の研究は学会賞としてふさわしいと判断し、候補者として推薦した。
沼田英治会員は,昆虫を主要な材料として休眠、光周性、季節適用および生物リズムの研究に従事し、数多くの知見を発見し学術的に重要な成果をあげてきた。様々な昆虫を用いて、日長、温度、餌条件などの要因が休眠に及ぼす影響について詳細な調査を行い、環境要因と休眠・生活史の関係についての理解を深めた。
また、昆虫の光周性に時計遺伝子が関与していることを初めて実証した。さらには、季節変化に対応した約1年周期の生物リズムである「概年リズム」の基盤となっている概年時計の存在や、さらには、概日時計とは仕組みの異なる約12時間周期のリズムである「概潮汐リズム」の存在を明らかにした。「概年リズム」や「概潮汐リズム」の発見は世界に先駆けるものであり、成果の公表後には、これらのリズムを制御する生理機構の実体解明に向けた新たな研究が展開されている。数多くの研究成果が国際的一流誌に掲載され、世界レベルで研究をリードしてきており、我国の動物学の学問水準の高さを世界に示すものである。動物学の発展に大きく貢献した沼田英治会員の研究は学会賞としてふさわしいと判断し、候補者として推薦した。
平成24年度日本動物学会奨励賞
応募者 は12名であった。ほとんどの応募者は、選考規程にある「活発な研究活動を行い将来の進歩発展が強く期待される若手研究者」の条件を満たしており、学会賞と 同様に高い水準での選考となった。応募者の研究内容、研究業績、将来の発展性について詳細に審議した結果、2名の候補者を理事会に推薦することとした。
受賞者氏名・所属・職
二橋 亮(ふたはし りょう)
産業技術総合研究所・研究員
研究テーマ 「昆虫の体色・斑紋形成と進化に関する研究」
坂本浩隆(さかもと ひろたか)
岡山大学大学院自然科学研究科・理学部附属臨海実験所・准教授
研究テーマ 「本能行動を制御する作用機序に関する神経内分泌学的研究」
推薦理由
二橋亮会員は、生化学、分子進化学、生態学などの多面的なアプローチから、昆虫の体色・斑紋形成と進化に関する独創的な研究を活発に行っている。アゲハチョウ幼虫の擬態紋様形成に関わる分子機構に注目した研究では、紋様に関わる実行遺伝子を同定するとともに、それらの遺伝子発現調節に幼若ホルモンが関与することを世界で初めて明らかにした。トンボ類成虫の体色形成に関する研究では、♂アカトンボが成熟時に体色が黄色から赤に変化する現象について調べ、特定の色素の酸化還元状態の変化によって体色の変化が起こるという新しいメカニズムを発見した。これらの成果は、昆虫の擬態紋様に関わる分子機構の解明や、体色形成の進化についての研究では先駆けとなる知見としてすでに国際的にも高く評価されている。多数の研究成果が国際的一流誌に掲載されており、研究内容と将来の発展性が高く評価された。
坂本浩隆会員は、動物の神経内分泌学的調節機構について研究している。神経生物学を中心に生体制御学分野における重要な成果を多数上げている。雄性性機能を司る神経ネットワークと腰髄におけるガストリン放出ペプチドとその受容体の関係に関する研究、過剰ストレス負荷と行動異常に関する研究、脊椎動物の脳における神経ステロイド合成とその作用に関する比較生理学的研究、鳥類の産卵誘起ペプチドに関する研究、魚類の遊泳行動に関わる筋-運動ニューロン系の発生と中枢神経系のアンドロゲン作用機序に関する研究など、研究分野は多岐にわたり、いずれの研究成果も独創的で優れたものである。数多くの成果が国際的一流誌に掲載されており、高い評価を受けている。研究対象は、魚類、鳥類、哺乳類といった脊椎動物の他、最近では、系統発生学的見地から無脊椎動物も扱っている。研究内容と将来の発展性が高く評価された。
平成24年度女性研究者奨励OM賞
女性研究者奨励OM賞は、「女性研究者による動物学発展への新たな試みを奨励することを目的としており、特に、安定した身分で研究を続けることが困難であるが、 強い意志と高い志を持って研究に意欲的に取り組もうとする優れた女性研究者」に贈られる。応募者は7名であった。OM賞の趣旨に基づき、応募者の研究内容、研究に対する姿勢、研究環境等を詳細に審議した結果、2名 の候補者を理事会に推薦することとした。
受賞者氏名・所属・職
岩越栄子(いわこし えいこ)
広島大学大学院総合科学研究科・非常勤講師
研究テーマ「新規生理活性ペプチドの同定と機能解析」
廣瀬慎美子(ひろせ まみこ)
琉球大学理学部国際サンゴ礁研究ハブ形成プロジェクト・ポスドク研究員
研究テーマ 「刺胞動物の生殖巣形成と藻類伝達様式の多様性に関する研究」
推薦理由
応募者の研究内容はいずれも優れたものであった。中でも、岩越栄子会員は非常勤講師、廣瀬慎美子会員はポスドク研究員であり、共に安定した身分で研究を続けることが困難な状況にありながら、研究に対する情熱を失うことなく研究を継続して優れた業績をあげている。特に、この2名については、OM賞の性格から重視すべき点として上げられる、研究者としての独立性、研究遂行における様々な障害の有無と研究姿勢、将来性のいずれにおいても高く評価された。