平成20年度 日本動物学会賞等の選考を終えて

社団法人日本動物学会学会賞等選考委員会
委員長 窪川かおる

平成20年度学会賞,奨励賞,女性研究者奨励OM 賞の授与候補者を選考する委員会が,4月24日(木)北海道大学東京オフィス大会議室において開催された.選考委員7名全員が出席し,OM 賞の選考には他3名の委員が加わった.いずれの賞も最初に選考方法を議論し,後に個々の応募について審議をおこなった.

平成20年度日本動物学会賞

応募は5件であった.いずれの応募者も選考規定にある「学術上甚だ有益で動物学の進歩発展に重要かつ顕著な貢献をなす業績をあげた研究者」の条件を満たしており,さらに広範な学問領域を代表する応募者に相応しく,多様な動物,広範な研究分野,種々の研究手法,さらにはいずれの業績も高い水準であることから,様々な観点から議論したが,候補者を選考することは困難な作業であった.推薦件数から考えると受賞者を1件としても妥当と考えられたが,学会からのメッセージを広く社会に示すことは重要であると考え,2件を候補者として選考し,平成20年度の日本動物学会賞として評議員会に推薦する.

対象となった研究テーマ:
  小型魚類を用いた脊椎動物発生機構の普遍的メカニズムの解明
受賞者氏名・所属・職:
  武田洋幸・東京大学大学院理学系研究科・教授

対象となった研究テーマ:
  海洋環境への浸透圧的適応に関わる新規ホルモンの探索
受賞者氏名・所属・職:
  竹井祥郎・東京大学海洋研究所・教授

推薦理由

武田洋幸会員は,1991年,理化学研究所時代に,当時はまだ稀であった小型魚類,ゼブラフィッシュを実験に用いる決心をして以来,一貫してその形態発生機構を研究対象とし,実験発生学と分子遺伝学を組み合わせた高度な研究を展開,世界的な業績を着実に上げ続けている.武田会員の研究実績は大きく3つからなる.1)真骨魚類における中胚葉の誘導に関する研究.卵黄細胞だけを単離して移植するというユニークな実験により,この卵黄細胞が中胚葉の誘導源であることを示した.このことは,真骨魚類の卵黄細胞が両棲類の植物割球に相当することをも同時に示唆した.2)脊椎動物の体を特徴づける体節中胚葉の分節化機構の研究.実験発生学と分子生物の融合が真に発揮されているのはこの研究であり,武田会員はさらに数理的シュミレーションを駆使し,それを「結合振動系」として理解できることを見事に示した.これによって,これまでで最も説得力のある,脊椎動物の体節形成理論を打ち立てたということができる.3)日本において研究の歴史が蓄積しているメダカをモデルとして加え,ゲノムプロジェクト,変異体のスクリーニングを実施し,ゼブラフィッシュに劣らない系に育て上げている.以上,武田会員の研究内容はどれも新規性に富み,しかも形態形成の基礎的問題を見据えたスケールの大きいものであり,Nature 誌に発表したいくつかを含む論文業績は常に世界的最高水準に達している.研究を通じた教育においても,若い世代の研究者を多く育て,
重要ないくつかの教科書をも執筆している.以上の理由から,武田洋幸会員を日本動物学会賞に推薦する.

竹井祥郎会員は,大学院生の時から一貫して脊椎動物の体液調節機構の研究を,分子から個体までのすべての階層において,生理学からゲノム解析に至る様々な手法を駆使して取り組んできた.塩分濃度の異なる環境への適応に関与するホルモンには,従来,陸上や淡水への適応に必須なホルモンとしてバソプレシンやプロラクチンが知られていたが,海水環境への適応に必須なホルモンはまだ発見されていなかった.竹井氏は,アンギオテンシン,心房性ナトリウム利尿ペプチドが海水適応に重要であることを様々な生理学的手法を駆使して明らかにし,さらにはグアニリン,アドレノメデュリンといった新しいホルモンを同定するとともに,その海水適応の作用機序に関して,独創的かつ先端的な研究を展開している.業績の中心となる魚類の浸透圧に関する研究には,昨今分子生物学的手法が主流を占めるなかで,研究室で伝承された優れた技術に加えて研究室員の創意工夫に基づいて改良を加えた手法を駆使した個体生理学を基本的な手法として用いている.こうして得た結果に深い洞察を加え,地道だが優れた研究を継続して多数の業績を発表していることは,国際的に高い評価を得ている.一方,竹井会員は比較ゲノム解析などの最新の手法を用いて魚類における海水適応ホルモンの多様性と進化に関する重要な研究成果をあげている.竹井氏はこの一連の研究において,魚類で多様化したホルモンを哺乳類で発見するという,従来の内分泌学とは逆の流れをreverse phylogenetic approach と名付けて提唱し,基礎生物学,とりわけ比較内分泌学の分野で世界をリードする重要な研究者と位置づけられている.以上のように,分子生物学と生理学との融合に比較ゲノム解析手法を加えた独創的な戦略を武器として,今後さらに,浸透圧調節機構の解明を中心として日本の動物学の国際化において大きな貢献をすることが期待される.以上の理由から,竹井祥郎会員を平成20年度動物学会賞受賞者として推すものである.

平成20年度日本動物学会奨励賞

応募者は8名であった.研究のオリジナリティーと業績を評価し,かつ奨励するに相応しいと考えられるかどうかを勘案し,2名を候補者として評議員会に推薦した.

対象となった研究テーマ:
  原索動物の自家不稔機構に関する遺伝発生学的研究
受賞者氏名・所属・職:
  原田淑人・名古屋大学大学院理学系研究科附属臨海実験所・助教

対象となった研究テーマ:
  東アジア産哺乳類の分類学と動物地理学
受賞者氏名・所属・職:
  本川雅治・京都大学総合博物館・助教

推薦理由

原田淑人会員は,雌雄同体であるカタユウレイボヤの自家不稔機構に関わる遺伝子の同定に成功した業績が評価された.ホヤの多くの種では卵と精子は同時に放出されるが自家受精は起こらない.ハエの遺伝学で有名なトーマス・ハント・モルガンもこの現象に興味を持ち研究を行っていたが,卵と精子間で起こる自己非自己認識の分子機構に関しては100年近くベールに包まれていた.原田会員は,まず掛け合わせ実験により自家不稔性が2つの遺伝子座によって支配されていることを示したあと,ポジショナルクローニングにより遺伝子の同定を行った.詳細は2008年のScience 紙に掲載されているので,そちらを参照されたい.自家不稔性遺伝子の同定は動物では初めての報告であり,卵と精子の自家不稔性遺伝子が近傍に連鎖しており,多型に富んでいることが明らかとなった.これらの成果は原田会員がウニ,ホヤ,貝の研究でこれまでに養ってきた分子生物学・遺伝学の手法と,ホヤのゲノム配列情報を巧みに利用した結果であり,その意義が高く評価された.

本川雅治会員は,東アジアに生息する哺乳類を材料に,オーソドックスな形態分類学に加えて,最新の幾何学的形態測定学,核型解析,遺伝的解析などを併用した研究を進めた結果,それらの分布変化および種分化を明らかにすると共に分類の混乱を解消し,さらに,背景にある環境変遷や種の生活史特性との関連に新しい知見をもたらした研究である.その成果は筆頭著者論文20篇に結実している.本川雅治氏の活躍は国際的であり,標本収集のための海外野外調査はもとより,文科省の長期在外研究員として英国自然史博物館で中国産小型哺乳類の標本を研究したことに代表されるように,各国博物館での標本調査を精力的に行っている.加えて,彼の推進する国際共同研究がアジアの研究者ネットワーク構築の構想につながり,その実現が期待されている.以上,若手の哺乳類分類研究者としては異例に高度で幅広い業績が高く評価された.

平成20年度女性研究者奨励OM 賞

当初,応募件数が少なかったため募集期間を2週間延長したところ,8件の応募があった.オリジナリティーのある研究であることを評価の基準とし,さらに年次大会やZoological Science での発表,および研究環境を考慮して選考した.平成20年度は副賞が繰り越されたため,
3件を候補者として選考した.いずれも研究のレベルは高く,さらに応募者の年齢と研究環境の事情が実に多様であり,選考は難航したが,長時間にわたる議論の結果,以下の3件を評議委員会に推薦することとした.

対象となった研究テーマ:
  円口類ヤツメウナギを用いた骨格筋発生機構の進化に関する研究
受賞者氏名・所属・職:
  日下部りえ・神戸大学大学院理学研究科・プロジェクト奨励研究員

対象となった研究テーマ:
  ゼブラフィッシュ脊髄一次運動神経の細胞体を,周期的に配置する機構についての研究
受賞者氏名・所属・職:
  前田美香・東北大学加齢医学研究所・教育研究支援者

対象となった研究テーマ:
  ミツバチ類の社会性行動の発現・発達とその制御,および個体間コミュニケーションを司る行動解発因子に関する研究
受賞者氏名・所属・職:
  笹川浩美・(財)国際振興財団研究開発部・研究員

推薦理由

日下部りえ会員は,一貫して無顎類ヤツメウナギを研究対象としてきた.外来遺伝子の導入に成功して,筋肉特異的遺伝子の発現機構を解析し,脊椎動物における無顎類から有顎類への骨格筋の進化の研究で優れた成果を挙げてきた.子育てをしながら任期付きの職で多数の業績を出しており,常に意欲的に研究を展開し,女性動物学者のロールモデルとしてそのリーダーシップが期待される.

前田美香会員は,一貫してパターン形成機構の研究を先端的な手法で進めてきた.実験動物はヒドラからニワトリまでと多様であるが,現在は,ゼブラフィッシュの胚で細胞体の配列パターンの形成機構を解析し,優れた業績を出している.不安定な立場ではあるが,研究への意欲は異分野との共同研究にも広がり,新しい動物学の展開に発展することが期待される.

笹川裕美会員は,一貫してミツバチの行動に関わるオリジナリティーのある研究を行ってきた.幼若ホルモンの微量定量法の確立,情報分子と蘭の花香の化学的類似性,社会性行動解発因子の同定・解析など,有機化学,分子生物学,細胞生物学,行動学などの多様な分野と手法を融合した研究を展開してきた.不安定な立場ではあるが,研究への意欲と行動力および動物学の啓発活動がさらに発展することが期待される.

昨年度は各賞への応募件数が少なかったため,今年度は会員メーリングリストで数回にわたる募集の案内をした.平成19年度よりは好転したものの,複数の候補者の推薦を実現するためには,さらなる応募が望まれる.奨励賞やOM 賞では自薦件数も増えつつあり,意欲ある応募が望まれている.

関連記事

  1. 平成29年度日本動物学会学会賞の選考結果・受賞者要旨
  2. 平成28年度日本動物学会学会賞の選考結果・受賞者要旨
  3. 12/9(日)学会大会代替行事ライブ映像のインターネット配信・ビ…
  4. 公益社団法人日本動物学会 学会賞 平成31年度 応募要領
  5. 平成21年度(2009年度)日本動物学会女性研究者奨励OM賞
  6. 受賞者詳細
  7. 平成25年度動物学会賞等の選考を終えて
  8. 平成30年度日本動物学会奨励賞の選考結果・受賞者要旨

最新のお知らせ

寄付のお願い

日本動物学会第95回大会

PAGE TOP