第 2 日目: 9 月 4 日(金) 13:00~15:00 会場: 大講堂 (スカイホール)
2026 年度本部企画シンポジウム
Zoological Science と Zoological Letters これまでの歩みとこれからの展開
Zoological Science and Zoological Letters:Past Achievements and Future Perspectives
オーガナイザー:
志賀 向子 Sakiko Shiga (大阪大学)
深津 武馬 Takema Fukatsu (産業技術総合研)
吉田 薫 Kaoru Yoshida (桐蔭横浜大)
佐倉 緑 Midori Sakura (神戸大)
【開催趣旨】
日本動物学会は国際誌Zoological Science (ZS)とZoological Letters (ZL)をオフィシャルジャーナルとして出版してい ます。ZSは動物学の広範な分野を網羅し動物学のスタンダードを支える一方、ZL は分類学からバイオインフォマティクス、古生物学報告も含め進化動物学における新たな視点をも取り入れた雑誌です。ZS、ZL横断的に系統樹や動物名から 文献を探せるという本学会に特徴的かつ魅力的な ZooDiversity Webという検索エンジンを備えています。2026年はこれら二つの雑誌にインパクトをもたらす年となりました。ZSは BioOneによる Subscribe to Openのトライアルに参加し、本年出版論文が即時かつ永続的にOA公開となりました。また、ZLでは本学会による期間限定の APC補助制度が始まり ました。本シンポジウムでは、この機会に ZS、ZL編集長ならびに ZDW委員会より各誌、検索エンジンの魅力をお話しいただき、さらに各誌からより選りすぐりの最近の論文著者に動物学研究の魅力を語っていただきます。また、NPO法人 ScholAgora 永井裕子氏に学術情報の現況について語っていただきます。会員の皆様には本シンポで各誌の魅力を感 じていただき、投稿につなげていただければ幸いです。
兵藤 晋 Susumu Hyodo (Zoological Science・編集主幹/東京大学・大海研)
動物学会におけるZoological Scienceの貢献と今後
Zoological Science (ZS)は動物学雑誌 (1888-1983)と日本動物学彙報 (1897-1983)の統合により1984年に発刊され、以来42年間にわたって動物学の様々な分野の原著論文・総説を掲載してきました。現在の読者から注目されるインパクトだけでなく、将来にわたって長く引用されるようなしっかりとした堅い論文がZoological Scienceのひとつの特徴であり、動物学会とともに歩んできた本誌が最も重視するポイントと言えるかと思います。「ZSはインパクトファクターのわりに査読が厳しい」という評判を聞くこともありますが、高い論文の質が保証されているということでもあり、これも動物学雑誌創刊から 138年間にわたる伝統がなせるものだと思います。
ZSはBioOneが目指すSubscribe to Open (S2O)トライアルに参加しています。これは、購読モデルを基にしながらも、 年間購読収入が十分な額に達すると、その年に刊行される論文がオープンアクセスとなる、というモデルです。2026 年は うれしいことに収入が目標に達成したため、2026 年に出版される全ての ZS論文について著者が APCを負担すること無しにオープンアクセスとなります。科研費等で補助を受けている場合には即時OAが求められるようになりましたが、今後も S2Oモデルが継続的に達成されれば、ZSは即時 OAにも対応できることになります。また、ZS Awardや ZooDiversity Webによる検索・ダウンロードサービスなど、動物学会員、特に若手会員・研究者にとってメリットとなるような活 動を継続してまいります。ぜひ若手研究者のみなさん、あるいは大学院生が筆頭著者となる論文などを投稿していただき、キャリアパス形成の役に立てていただくことも効果的ではないかと思います。
日本動物学会が出版するZoological Lettersとの両輪で、双方が発展し、日本の動物学の発展に貢献できるように活動し てまいります。多様な動物学を網羅したジャーナルを維持するためにも、様々な分野からの投稿をお待ちしております。
倉谷 滋 Shigeru Kuratani (理化学研究所・生命機能科学研究センター/東京科学大学・院医歯・分子発生・口腔組織学)
Zoological Lettersの10年
2015年、Zoological Scienceとある種の差異を伴うものとして、Zoological Lettersが創刊された。学術的には、基礎科学としての動物学を守り抜くことが第 1 の目標とされる一方、国際的な即戦力・競争力の向上と、ビジネス化する科学の動向に抗うためのフォーラムとしての存在意義も目指されていた。それらを総合して、当初は「これを国際的認知度と IF の高いフラッグシップ誌とすることを中長期的目的とする」ものとして、そして古生物学をも射程に入れた、本来の動物 学のあり方を問いかける雑誌としてZoological Lettersは始まったのである。以来、Zoological Lettersは多くの論文を掲載し、その当初の目標の一部は達成できたと思う。一方で、10 年が経ち、Zoological Lettersの第 2 期を考える時期にさしかかっていると考える。今後の動物学にとっていま何が求められているのか、そして Zoological Lettersに何ができる のか。それを考えてみたいと思う。
柁原 宏 Hiroshi Kajihara (北大・理・生物)
ZooDiversity Web (ZDW)のあゆみと嶋田大輔博士の貢献
日本動物学会が運営する ZooDiversity Web (以下 ZDW)は、Zoological Science (ZS:1984‒現在)、動物学雑誌 (Zoological Magazine:1888‒1983)および動物学彙報 (Annotationes Zoologicae Japonenses:1897‒1983)に掲載された全論文を 検索し、PDFとしてダウンロードできる (一部は学会員限定)サイトである (https://zdw.zoology.or.jp/)。本学会のオー プンアクセス誌であるZoological Letters (ZL:2015‒現在)の論文も検索対象に含まれており、全ての雑誌を横断的に検索することも可能である。特に、系統樹や動物名からも文献を検索できる点が大きな特徴となっており、雑誌のサイトで単にキーワードやタイトルワードで検索するのとは一線を画した検索が可能である。もちろん、一般的な雑誌のアーカイブと同様に、巻号年から目的の文献を探すことも可能である。現在では、全世界から毎日欠かさず 20~50 件のアクセスがZDWにあり、ときに数百件のアクセスが集中する日もある。ZDWは本学会が刊行する学術論文の研究情報を発信す る一つのツールとして機能し、収録論文の引用機会向上にも寄与している。これにより、ZDWはZSおよびZLの価値を 高める役割も果たしていると期待される。ZDWで動物名 (学名、俗名)による検索を実現する上で、論文ごとの書誌情報と動物名をリンクしたデータベースが必 須となる。この構築を一人で引き受け、完成させたのが嶋田大輔会員である。データベースの構築に取り掛かった段階で、 ZSは約 4000 論文を刊行しており、その論文 1 編ごとに研究対象としている動物名を抽出してゆくのは膨大かつ専門性 の高い作業である。その後、嶋田氏は動物学雑誌約 9500 論文、動物学彙報約 4600 論文についてもデータベースを完成さ せている。彼の貢献なしに ZDWの実現はあり得なかったのである。一通りのデータベースが完成し、ZDWに実装され、今後は新たな論文データの更新とデータの修正等のメンテナンス中心の業務に移行してゆく段階で、思いがけないこと に嶋田氏は急逝してしまう。ZDWに不可欠であった嶋田氏の大きな貢献に感謝するとともに、会員の皆様が ZDWをぜ ひ活用していただくことをお願いしたい。
永井 裕子 Yuko Nagai (NPO 法人 ScholAgora)
Open Access は購読料モデルを消滅させるのか―あなたは Open Access が好きですか
2025 年科学研究費補助金採択課題の研究成果は即時 OAにという政府の方針がでました。研究者の皆様はこの方針をどう受け止めておいでしょうか? 潤沢な研究費があるからAPCを支払って、OAで論文を出版する、もしくは研究費では高額なAPCは支払えないので、「購読料モデルを維持するジャーナル」に投稿し、その後、所属機関のIRに論文データをデポジットする、でしょうか? さて、皆が受理されたいジャーナルの APCはなぜこの金額であるのか?と悩むほど高額となりました。ではAPCはなんのための対価として支払うのでしょうか? 20年前には、Open Accessは学術情報流通を変革し、高価なBig Dealモデル料金を支払わずとも、読みたい論文を皆が読むことができる、と言われてもいました。が、相変わらず、学術情報流通に関わる多くのコストは上がり続けているという状況は変わりません。Zoological ScienceはBioOneの方針により、S2OでOAに、Zoological LettersはそもそもOA 誌です。動物学会の出版する二誌のジャーナルは、今やOA 出版されているという事実も重要です。ここでは、Open Accessを皆様が好きであるかも含めて、Open Accessとはなにかをあらため考えたいと思います。
梶本 麻未 Asami Kajimoto (神奈川大学・理/広島大学・統合生命)
寄生性甲殻類フクロムシ類が宿主ホンヤドカリ類のオス形質に与える影響
自然界では、寄生者による宿主操作現象が広く知られているが、既にオスとして分化した宿主の性形質を再編成させる例は限られている。寄生性甲殻類フサフクロムシおよびナガフクロムシ (蔓脚下綱・根頭上目)は、ホンヤドカリ類に寄生するフジツボの仲間である。フクロムシ類のメスは宿主体内に根状組織 (インテルナ)を張り巡らせて栄養を奪取し、宿主腹部に袋状の繁殖器官 (エキステルナ)を形成する。インテルナは宿主体内へ広く侵入し、生殖機能を抑制することで 強い寄生去勢を引き起こす。さらに、フクロムシ類に寄生されたオスヤドカリでは、遺伝的にはオスであるにもかかわらず、メス特有の抱卵用腹肢の形成や鉗脚長の短縮といった顕著な形態的メス化が生じる。これらの変化は、フクロムシ類 が自身の卵発生から幼生放出までの繁殖過程を宿主に担わせるための適応的戦略と考えられている。しかし、フクロムシ類による宿主操作研究では、主にカニ宿主-フクロムシ類系を対象として形態的メス化や行動的メス化の現象が報告さ れてきた一方で、複数の宿主-寄生者組み合わせにおいて、形態的メス化の程度を定量的に評価した研究はほとんど行わ れてこなかった。そこで本研究では、4 種のホンヤドカリ類 (ケアシホンヤドカリ、ホンヤドカリ、クロシマホンヤドカリ、ヤマトホンヤドカリ)に寄生する 1 種のフサフクロムシ (Peltogasterella gracilis)および 3 種のナガフクロムシ (Peltogaster sp., Peltogaster postica, Peltogaster aff. ovalis)を対象に、抱卵用腹肢の形成および鉗脚長の短縮を指標として、 宿主の形態改変の程度を比較した。2018年から 2025年にかけて、北海道小樽市、千葉県南房総市、および石川県能登町において採集したヤドカリ類につい て、未寄生メス、未寄生オス、および寄生オスにおける抱卵用腹肢の有無を確認した。さらに、シールド長および鉗脚長を測定し、シールド長に対する鉗脚長の相対値を比較することで、宿主の形態的雌化の程度を評価した。その結果、フサフクロムシに寄生されたケアシホンヤドカリおよびホンヤドカリ、Peltogaster sp. に寄生されたケアシホンヤドカリ、ならびに P. postica に寄生されたクロシマホンヤドカリでは、未寄生オスと比較して寄生オスにおける抱卵用腹肢の形成 頻度が高かった。また、フサフクロムシあるいは Peltogaster sp. に寄生されたケアシホンヤドカリ、および P. aff. ovalis に寄生されたヤマトホンヤドカリでは、鉗脚長の顕著な短縮が認められた。さらに効果量解析の結果、これらの寄生オス では鉗脚長が未寄生メスと同程度を示した。一方、P. postica に寄生されたホンヤドカリおよびクロシマホンヤドカリの オス個体では、鉗脚長が未寄生メスと同程度となる傾向は認められなかった。 以上の結果から、フクロムシ類によって改変される宿主の形態部位やその程度は、宿主種―寄生種の組み合わせによって大きく異なることが示された。本研究は、フクロムシ類における宿主操作戦略の多様性を理解する上で重要な知見を提供する。
十川 俊平 Shumpei Sogawa (大阪公立大学・院理・生物学)
個体識別するとはどういうことか? 動物学研究の過去と未来の方向
本発表では、魚類における個体識別研究を題材として、現代動物学に残る人間中心主義的フレームワークを見直し、今後 の研究の方向性について考えてみたい。 ダーウィンやベルナール以降、人間と動物の連続性は生物学の基本原理となった。しかし一方で、人間を認知能力の頂点 に置く見方は、明示的な形では弱まりながらも、研究上の前提や概念枠組みの中に現在も残っているように思われる。 ヘッケルの系統樹やマクリーン仮説のような露骨な階層モデルは支持されなくなったが、「複雑な社会性や高次認知は一 部の動物でのみ進化した」という暗黙の前提は、私たちの問いの立て方や解釈に影響を与え続けている。 私はグッピーにおいて顔を用いた個体識別能力を示し、幸運にも Zoological Science Awardをいただいた。しかし、魚類 における個体識別研究そのものは現在でも決して多くない。これは魚類に能力がないからではなく、そもそもその可能性 自体が十分に検討されてこなかった面があるのではないだろうか。例えば生得的解発機構で有名なイトヨは 2020 年に個体識別ができないという報告がされている。しかし、私はその研究の手法上の問題点を指摘し、2024 年にイトヨでも顔による個体識別能力を示した。さらに興味深いのは、個体識別の内部にも階層が存在することである。現在、個体識別はしばしば Class-level recognition (CLR)とTrue individual recognition (TIR)に区別される。前者はカテゴリへの反応として連合学習でも説明可能であ る一方、後者は個体という恒常的対象を扱う抽象的表象を前提とする。しかし、魚類に見られる隣人識別や社会的記憶は、 論理的には両方の解釈が可能であるにもかかわらず、しばしばより単純な説明へ回収されてきた。そこには、抽象的表象 の利用を一部の動物に限定して考える暗黙の前提が存在するのかもしれない。 近年、この前提を再考させる研究が現れている。ホンソメワケベラの鏡像自己認知研究では、鏡像を自己として扱うだけ でなく、鏡像を通して形成した自己情報を新たな状況へ転用する可能性が示されている。もし魚類が抽象的表象を利用できるなら、個体識別、協力、社会行動、繁殖戦略といった現象は 、独立したモジュールではなく、より普遍的な「 抽象を扱う」という認知原理から理解し直せるかもしれない。そして、生理学・神経科学・分子生物学においても、個別機能の 集積としてではなく、抽象的情報処理の実装という観点が新たに重要になるだろう。そして、これはなにも脊椎動物に 限った話ではないかもしれない。Zoological Science, Zoological Lettersには、こうした既存の分類や境界を越え、単に「どの動物が何をどのようにできるか」ではなく、「フレームワーク」を問う場であり続けてほしい。過去の枠組みを継承するだけでなく、それを更新する議論の中心として、今後の動物学を牽引していくことを期待している。
日本動物学会 第97回 札幌大会 2026