日本動物学会会員各位
6月5日(金)午後2時より開催された日本動物学会理事会において、Zoological Science編集委員会より、2020年度Zoological Science Award候補論文が推薦されました。審議の結果、日本動物学会理事会は、下記の6論文にZoological Science Award の授与を決定しました。
論文の著者には、賞状と賞金5万円が贈られます。
公益社団法人 日本動物学会
Changing Leaf Geometry Provides a Refuge from a Parasitoid for a Leaf Miner
Haruka Aoyama, Issei Ohshima
Zoological Science 36(1): 31–37.
分野 Ecology
本論文は、昆虫において、これまで知られていなかった単純で効果的な防御方法を報告した。潜葉性昆虫は、葉の中に潜って内部を食べて育つ。潜葉性昆虫であるクルミホソガの幼虫に寄生するワタナベコマユバチは、寄主の潜り痕を手掛かりに、葉の外から産卵管を突き立てて産卵する。それに対して、このガの幼虫は葉を食べながら折りたたんで形を変え、成長とともに潜っているところを立体的にする。そうなると、このハチの産卵管の長さではガの幼虫に届かないので、寄生を免れるようになる。野外と実験室での行動観察だけから、自然界には、これまで知られていない食う食われるの関係の戦いがあることを示した優れたな研究である。
Temperature Entrainment of Circadian Locomotor and Transcriptional Rhythms in the Cricket, Gryllus bimaculatus
Nisha N. Kannan, Yasuaki Tomiyama, Motoki Nose, Atsushi Tokuoka, Kenji Tomioka
Zoological Science 36(2): 95–104.
分野 Behavioral Biology
毎日繰り返される昼夜の温度サイクルは、光に次ぐ概日時計の同調因子として知られているが、温度が時計の時刻をリセットするしくみには未解明の部分が多く残されている。本論文は、温度サイクルと明暗サイクルを切り分けた巧妙な実験スケジュールを組むことにより、夜行性のフタホシコオロギが、温度サイクル下では明暗サイクル下よりも1時間早く活動を開始させ、脳(視葉)内の時計遺伝子の発現リズムも歩行活動リズムとの位相関係を保って温度サイクルに同調することを見事に示した。また、時計遺伝子の種類によって、温度変化に対する感受性が異なることを明らかにした。膨大なデータから裏付けられる今後のメカニズムの解明に向けた重要な成果である。
The First Establishment of “Hand-Pairing” Cross-Breeding Method for the Most Ancestral Wing Acquired Insect Group
Masaki Takenaka, Kazuki Sekiné, Koji Tojo
Zoological Science 36(2): 136–140.
分野 Diversity and Evolution
カゲロウ類は、有翅昆虫の中でも初期に分岐した一群であり、昆虫類の飛翔と体制の進化を解明する上で重要なグループである。著者らは、ガガンボカゲロウをモデル候補として、鱗翅類などで用いられている“Hand-Pairing”という交配手法を試行し、卵の正常発生率、孵化成功率、そして子の遺伝子型の検討から、本種における“Hand-Pairing”手法の有効性を示した。本論文は、カゲロウ類の中でも両性生殖を行う種について、初めて実験室下での交配手法を確立した研究成果であり、カゲロウ類、延いては有翅昆虫の動物学的研究に大いに貢献すると期待される。群飛する種が多いカゲロウ類において、葉に止まって交尾を行うガガンボカゲロウをモデル候補とした点も高く評価できる。
Life Cycle of the Japanese Green Syllid, Megasyllis nipponica (Annelida: Syllidae): Field Collection and Establishment of Rearing System
Toru Miura, Kohei Oguchi, Mayuko Nakamura, Naoto Jimi, Sakiko Miura, Yoshinobu Hayashi, Shigeyuki Koshikawa, M. Teresa Aguado
Zoological Science 36(5): 372–379.
分野 Developmental Biology
環形動物のシリス科の仲間は、体の一部が分離して繁殖(放精・放卵)を行うという分離生殖あるいはストロナイゼーションという特殊な繁殖様式をとることが知られるが、どのようにして個体の一部が一個体となるのか、その発生学的な機構は全く分かっていない。本論文は、日本近海に広く棲息するミドリシリスを対象として、安定的に採集および飼育する方法を確立し、その生活史を明らかにした。動物界には未知の特質を持つ分類群が未だ多く存在するが、そのような分類群において最新の研究手法を適用可能な実験系へと導いた本論文は、動物学を幅広く発展させる上で評価に値する。今後の進化発生生物学研究の展開が大いに期待される。
Xenacoelomorph-Specific Hox Peptides: Insights into the Phylogeny of Acoels, Nemertodermatids, and Xenoturbellids
Tatsuya Ueki, Asuka Arimoto, Kuni Tagawa, Noriyuki Satoh
Zoological Science 36(5): 395–401.
分野 Diversity and Evolution
珍無腸形動物門は左右相称動物の進化を考える上で非常に重要な分類群であるが、その単系統性や動物界における系統的位置については疑問の余地が残るとされている。本研究で著者たちは新たに決定した無腸類ナイカイムチョウウズムシのゲノム情報と公開データベース中のホメオボックス遺伝子配列とを比較した結果、Hox1遺伝子産物の予測アミノ酸配列に珍無腸形類に固有と思われるペプチド配列を発見するなど、この分類群の単系統性を支持する結果を得た。動物の前後軸を決めるHox遺伝子群が左右相称動物においてどのように進化したかは非常に興味深い。
Redescription of Synactinernus flavus for the First Time after a Century and Description of Synactinernus churaumi sp. nov. (Cnidaria: Anthozoa: Actiniaria)
Takato Izumi, Takuma Fujii, Kensuke Yanagi, Takuo Higashiji, Toshihiko Fujita
Zoological Science 36(6): 528–538.
分野 Taxonomy
ヤツバカワリギンチャク科のSynactinernus属は,1918年の原記載論文のみしか採集報告がないクローバーカワリギンチャク1種から構成される属で、近年は近縁であるIsactinernus属の新参異名で無効とする論文もあり、属の有効性も確定していない状況であった。本論文は、Synactinernus属のイソギンチャクについて,西日本各地で採集された標本が同属のものであることを見いだし、形態学・分子系統学的解析を行った結果として新種チュラウミカワリギンチャクを記載した上で、同属の分類学的地位を確定させた。さらに,飼育記録などを元にヤツバカワリギンチャク科において初めて横分体形成を確認するなど、生態的特性の理解にも貢献した。Synactinernus属の再記載に用いられた標本は,主に沖縄美ら海水族館で未同定種として飼育されていた個体であり,一世紀にわたって採集報告がなく謎となっていた属の確定が,水族館と研究者の連携によって達成されたことも注目に値する。