自然史標本のつくり方 書評
国立科学博物館(監修) 朝倉書店 2025年6月1日刊行 3,700円(税別)
『自然史標本のつくり方』(国立科学博物館監修、朝倉書店、2025年)は、動植物から化石、岩石、鉱物に至るまで自然史標本の作製方法を網羅的に解説した実践的マニュアルである。標本は自然史科学の基盤をなす「知の物的証拠」であり、再検証を可能にし、研究の累積性を保証する。本書はその意義を明確に位置づけつつ、標本作製の手順を「採集」「事前準備」「標本の作製」「整理と保管」という四段階に整理し、実務に即した形で提示する点に大きな特徴がある。
各章では、維管束植物、コケ植物、藻類、菌類、変形菌類から、昆虫類や甲殻類、魚類、両生類・爬虫類、鳥類、さらに化石・岩石・鉱物、隕石に至るまで対象ごとに具体的な作製法が解説される。比較的容易に取り組める押し葉標本や昆虫の乾燥標本だけでなく、液浸標本、骨格標本、剥製標本など高度な技術を要するものについても要点が述べられ、実際の研究現場で培われた知見が惜しみなく盛り込まれている。豊富な写真や図表が添えられており、作業の理解を助けるだけでなく、標本が持つ科学的な意味を視覚的にも実感できる。
本書が従来の標本作製書と一線を画すのは、データ管理に関する議論が全体を貫いている点である。標本の科学的価値は、単に美しく保存されていることにあるのではなく、「いつ、どこで、だれが、何を」採集したかという基本データが伴って初めて保証される。著者らはこれを繰り返し強調し、個人情報保護や絶滅危惧種の位置情報公開に関わる倫理的配慮にまで踏み込んで論じている。さらに、国際的なデータ標準であるDarwin Core(DwC)との接続を解説し、標本情報の相互利用性と再現性を確保する視点を提示している点は、学術的にも大きな意義を有する。
標本に固有の番号を付与し、データベース化する必要性についての実務的議論も重要である。標本番号の重複や欠番がどのような混乱を招くかは、研究現場で誰もが直面する課題であり、初期段階での方針決定が不可欠であることを具体的に示している。また、多数の標本データを統合的に解析する際の留意点や可視化手法への言及もあり、単なる作業手順書にとどまらず、標本学の将来像を射程に入れた内容となっている。
総じて本書は、自然史標本を単なる収集物としてではなく、科学的証拠の体系的蓄積として捉える姿勢を前面に押し出し、その存在論的・認識論的意義をも浮き彫りにしている。自然史研究に携わる研究者はもちろん、大学院教育や博物館学教育においても標本作製・管理の標準的教科書として活用可能である。自然史資料の収集・保存・利用に関わるあらゆる研究機関にとって、標本作製とデータ管理を統合的に理解するための必読文献といえよう。
佐藤賢一(京都産業大学生命科学部)


