水の中の小さな美しい生き物たち 小型ベントス・プランクトン百科 書評
仲村 康秀・山崎 博史・田中 隼人(編)
朝倉書店 刊行日:2025年8月1日 12,100円(税込)
本書は,顕微鏡サイズの水の生き物たち(本書に倣い,これを「小型ベントス・プランクトン」と称する)に魅了された若き研究者による,「小型ベントス・プランクトンの情熱あふれる啓蒙書」と言える.
冒頭の「はじめに」にあるように,本書は,いわゆる「顕微鏡サイズ」の,数 mmから10 cm程度の大きさの水生生物を網羅的に紹介した書籍である.ベントスやプランクトンがINTRODUCTIONで説明された後,ほぼ300ページに渡り各分類群の各論に紙面を割いている.大きく単細胞生物・多細胞生物に分かれてはいるものの,古細菌・細菌・藍藻などを一つと数えると,各論の分類群数は49に上る.種数の多い節足動物の各分類群も含めるとその数は59に達する.さらにすべての分類群において,代表的な種の,全体像がわかる写真が掲載されている.
その網羅性は,近年提唱されている分類群をほぼカバーするほど広範であるにも関わらず,よく三名の若き編集者でまとめたものだ,と感心するほど緻密である.さらに本書の厚みの一助となっているのは,86名もの著者が参画した各論に添えられた半ページほどのミニコラムである(各論は,代表的な種の写真・系統分類・構造,のセクションに加えてこのミニコラムで構成され,それとは別に2ページほどの「本コラム」が随所に設けられている).それは環境DNA解析から共生・生物発光と幅広く,「小型ベントス・プランクトンの魅力を広く発信したい」という編者の情熱が,著者らに伝播した結果ではと拝察する.
本書が図鑑かといわれると,その判断は早計と言わざるを得ない.本書は「はじめに」にも示されている通り,あくまでも一般への「小型ベントス・プランクトンの紹介」を目指した百科であり,各分類群での掲載種は代表的なものに止められている.しかしながら,本書の役割が入門書であることを考えると,それで十分であろう.各分類群のさらに詳しい図鑑は,古今東西たくさん存在する.野外で「よくわからない」小型水生生物に出会ったとき,まずはこの百科で大まかな分類群のあたりをつけ,詳しい種の検討は各種の図鑑に任せる,というのが本書の正しい使い方であろう.
評者はいくつかの大学の臨海実習の指導に関わってきたが「小型ベントス・プランクトン」の観察の際には,必ずと言ってよいほど謎の生き物に出くわした.それらは往々にして既存の図鑑で探すのが困難で,多くの場合「よくわからない」で終わってしまう.本書の価値は,これまで日本語ではほとんど存在しなかった,「小型ベントス・プランクトン」を紹介する日本語の書籍であり,野外実習でそのような生物に出会った際のテキストとしても用いることのできる点である.今後,本書が各地の臨海実習で発生する「よくわからない」という学生の疑問を劇的に減少させる事は間違いなく,その意味で,小型ベントス・プランクトンの多様性への理解を一般に促すという目的は,見事に達成される内容となっている.
蛇足ながら,本書には編者らの自作と思われる図が随所に登場し,カツオノエボシの図など,やや荒削りのものも散見される.しかしそれこそが,読者に小型ベントス・プランクトンの魅力を伝えんとする編者らの「情熱」の証左であり,本書の価値を些かも損なうものではない.本書が,一人でも多くの動物学徒のもとに届き,小型水生生物学という広大な世界への道標となることを願う.
岡西 政典(広島修道大学 人間環境学部)



