日本動物学会会員各位
6月1日(土)国際フォ-ラムで開催されました理事会におきまして、Zoological Science編集委員会の厳正な審議により、候補論文が理事会に推薦されました。日本動物学会理事会は、審議を行った結果、令和元年度Zoological Science Award 授賞論文について、下記のようにその授与を決定しました。
公益社団法人 日本動物学会
Drosophila Peptide Hormones Allatostatin A and Diuretic Hormone 31 Exhibiting Complementary Gradient Distribution in Posterior Midgut Antagonistically Regulate Midgut Senescence and Adult Lifespan
Koji Takeda, Takashi Okumura, Mayu Terahata, Mio Yamaguchi, Kiichiro Taniguchi, Takashi Adachi-Yamada
Zoological Science 35(1): 75-85.
動物の腸は「第2の脳」と呼ばれ、消化だけでなく神経制御や免疫、寿命などに深く結びついており、その多面的な機能を制御するしくみが近年注目を集めている。本論文において著者らは数々の遺伝学的解析手法を駆使することにより、キイロショウジョウバエの中腸にはAllatostatin AもしくはDiuretic Hormone 31を産生する2種類の内分泌細胞が異所的に存在し、それらが拮抗的に働くことで中腸の細胞老化や成虫の寿命を制御していることを実証した。腸による新規な寿命制御機構を提唱した本知見は、今後の発展が期待される重要な研究成果である。
Evaluating Movement Patterns and Microhabitat Selection of the Japanese Common Toad (Bufo japonicus formosus) Using Fluorescent Powder Tracking
Hisanori Okamiya, Tamotsu Kusano
Zoological Science 35(2): 153-160.
本論文は、アズマヒキガエル Bufo japonicus formosus の非繁殖期の行動圏や環境利用について、日本においては未だ認知度の低い蛍光顔料を活用したバイオロギング法を用いて調査をおこなった。アズマヒキガエルの体の大きさは、移動距離と移動範囲に大きな影響を与えたり、草や苔で覆われた場所を予想以上に頻繁に使用し、舗装された場所を避ける傾向があることなどを興味深い生態学的特性を明らかにすることに成功した。今回明らかにされた知見は、両生類の保護、特に都市化地域に生息する種の保護に役立つ情報を提供するものでもあり、保全学的観点からも評価できる内容となっている。さらに、著者らは、この蛍光顔料を用いた追跡法は両生類の行動把握や生息地選択の解明に十分に有効であることを示し、この点においても本論文の価値は高いといえる。
First Detailed Record of Symbiosis Between a Sea Anemone and Homoscleromorph Sponge, With a Description of Tempuractis rinkai gen. et sp. nov. (Cnidaria: Anthozoa: Actiniaria: Edwardsiidae)
Takato Izumi, Yuji Ise, Kensuke Yanagi, Daisuke Shibata, Rei Ueshima Zoological Science 35(2): 188-198.
ムシモドキギンチャク科のイソギンチャクは、蠕虫状の体をもち、他のイソギンチャクに一般的にみられる足盤と呼ばれる付着器官を欠くことや、
体内の胃腔空間を仕切る隔膜の数が他のイソギンチャクに比べて少ないことなどによって特徴付けられ、世界に約90種、日本からはおよそ15種が知られている。本研究において著者らは三崎・佐渡・鳥羽から得られた標本を元に、それらが同骨海綿の一種と共生していることを世界で初めて発見し、新属新種(和名:テンプライソギンチャク)として記載した。和名は、カイメンがあたかもエビの天麩羅の衣のようにイソギンチャクの体を包み、触手がエビ天の尻尾のように見えることにちなむ。本論文中で筆者らは本新属新種の形態を詳細に記述しただけでなく、透過型電子顕微鏡によるカイメンとの密着部の観察や、野外・室内での生態観察も行っており、Zoological Science誌にふさわしい総合的な動物学的知見・考察を提供している点が高く評価される。
Chewing Holes for Camouflage
Jing Ren, Natasha de Gunten, Alexander S. Konstantinov, Fredric V. Vencl, Siqin Ge, David L. Hu
Zoological Science 35(3): 199-207.
著者らは、野外でハムシを観察する中で、ハムシが葉に残す食い跡がハムシ自身のカムフラージュとなっていることに気づき、本論文でその検証を行った。まず、ハムシの行動観察や前腸のサイズの計測、頭部~前腸関節の可動範囲の計測を通じて、ハムシは1回の食餌で体(シルエット)の約半分の面積だけ葉の表面をかじるような解剖学的構造を持っていることを明らかにした。また、ヒトを対象として、コンピューターシミュレーションで生成された画像の中で食い跡の中からハムシを探し出す時間を計測する実験を行い、実際に食い跡がハムシ発見の遅延に寄与していることを示した。
野外における主なハムシの捕食者は鳥類であるが、鳥類も視覚に頼る捕食行動をとるため、食い跡によるカモフラージュは適応上有利であると見られる。本論文は、動物が自身の行動により周囲の環境の模様を変えることで生み出されるカモフラージュ効果を野外から新たに発見したものであり、オリジナリティーが高い成果である。
Molecular Characterization of Eye Pigmentation-Related ABC Transporter Genes in the Ladybird Beetle Harmonia axyridis Reveals Striking Gene Duplication of the white Gene
Tomohiro Tsuji, Hiroki Gotoh, Shinichi Morita, Junya Hirata, Yohei Minakuchi, Toshinobu Yaginuma, Atsushi Toyoda, Teruyuki Niimi
Zoological Science 35(3): 260-267.
ABC膜輸送タンパク質はオモクロームやプテリジンなど昆虫の主要な色素の形成において重要な働きを担っている。なかでもキイロショウジョウバエの白眼変異体から発見されたwhite遺伝子は、もっともよく知られた色素前駆物質輸送体であり、幅広い昆虫種において色素形成への関与が示されていた。本論文で著者らは、色彩や斑紋の多型が顕著なナミテントウのゲノム配列を調べ、white遺伝子が6つに多重化していることを発見した。さらに、これらの個々のパラログに対してRNAiを用いた機能検証をおこない、もっとも祖先的と考えられるパラログ(Ha-w-1)とは異なるパラログ(Ha-w-2)のみが
複眼の着色に関与することを明らかにした。すなわち、本論文はwhite遺伝子の多重化や機能転換が昆虫における着色機構の多様化を生み出してきたことを示唆するものであり、色彩多様性の進化過程に洞察を与える重要な成果である。
Mapping of Courtship Behavior-Induced Neural Activity in the Thoracic Ganglia of Silkmoth Bombyx mori by an Immediate Early Gene, Hr38
Koudai Morishita, Masafumi Iwami, Taketoshi Kiya
Zoological Science 35(3): 276-280.
特定の行動とそれを司る神経回路網の可視化は神経行動学において重要である。著者らはカイコで脳の神経興奮に伴って発現する初期発動遺伝子として以前同定されたHr38遺伝子の発現をマーカーとして、カイコの性フェロモンであるbombykol処理によって誘発されるオスの配偶行動に伴う脳と胸部神経節の神経回路を詳細にマッピングした。本論文は、胸部神経節においてもHr38遺伝子の発現をマーカーとして神経回路網が同定できることを示した初めての研究である。胸部神経節は飛翔・歩行・発音などを司る重要な中枢であることから、この研究の成功により特定の行動とそれを司る神経回路網を直接つなぐことができる方法論が示された。今後の昆虫を用いた神経行動学を新たなステージに進ませる可能性があり、論文賞にふさわしい研究である。
Rediscovery after Almost 120 Years: Morphological and Genetic Evidence Supporting the Validity of Daphnia mitsukuri (Crustacea: Cladocera)
Natsumi Maruoka, Hajime Ohtsuki, Wataru Makino, Jotaro Urabe
Zoological Science 35(5): 468-475.
タイトルからして興味深い本論文は、1896年に石川千代松博士が日本で記載したミツクリミジンコDaphnia mitsukuriを、120年ぶりに発見し再記載した報告である。石川博士による記載後、D. mitsukuriについては種の存在すら疑問視され、忘れ去られていた。著者らは、2014年に千葉県印旛沼で採集され、D. pulexと同定され継代飼育されていたミジンコ系統について、ミトコンドリアDNA解析と詳細な形態観察を行った結果、D. pulexではなくD. mitsukuriであると結論づけた。本種と同じ遺伝子型のミジンコ個体は中国でも報告されており、D. mitsukuriは東アジアに分布することが示唆されるが、その報告ではD. pulexとして誤同定されていた。本研究は石川博士の功績を再確認し、東アジアにおけるミジンコ類の生物地理学およびその進化の解明に貢献するものである。なお、石川博士はD. mitsukuriを含む3種の日本産ミジンコをZoological Magazineで発表したが、著者らはそのことを鑑みて本研究成果を後継誌のZoological Scienceで発表したという。日本における動物学の黎明期に重要な役割を果たした箕作佳吉博士に因んで名付けられた本種の再発見が、本誌に掲載された点には感慨深いものがあり、本学会の論文賞にふさわしい。