平成28年度日本動物学会学会賞の選考結果・受賞者要旨

平成28年度学会賞等選考委員会 (平成28年5月21日開催)
 赤坂甲治、浅見崇比呂、飯田 弘、井口泰泉、倉谷 滋、富岡憲治、松島俊也
 委員長 井口泰泉

本賞の全4名の応募者は、動物学の多様な領域を代表する優れた研究者であり、選考規程にある「学術上甚だ有益で動物学の進歩発展に重要かつ顕著な貢献をなす業績をあげた研究者」の条件を満たしていた。応募者の研究内容、研究業績、動物学の進歩発展への貢献度について詳細に審議した結果、以下1名を理事会に推薦することとした。

平成28年度日本動物学会学会賞

中村正久(なかむら まさひさ)
早稲田大学・教育・総合科学学術院・教授
研究テーマ「両生類の生殖腺分化に関する研究」

推薦理由

 中村正久会員は2つの性決定様式(XY型とZW型)をもつ野生のツチガエルの生殖腺の雄化にはアンドロゲン受容体(AR)遺伝子とステロイドホルモン合成酵素遺伝子が関わることを明らかにするとともに、両生類で初めて染色体マッピングを行いツチガエルの雌雄判定DNAマーカーを見出した。さらに、AR遺伝子は性染色体にあり、Z染色体のZ-ARは正常に発現するがW染色体のW-ARは転写領域に多くの変異があるため殆ど発現しないので、Z-AR遺伝子はツチガエルの雄化に有利であることを明らかにした。次いで、Z-AR遺伝子を雌(ZW)胚に導入した結果、雌の性が不完全ではあるが転換して卵精巣を形成し、脊椎動物でAR遺伝子が性決定に深く関わっていることを世界で初めて明らかにした。また、生殖腺分化の仕組みの解明には3次元構築が必須であることも見出した。両生類の生殖腺分化の研究において世界をリードする研究を一貫して行い生殖内分泌学分野の発展に多大な貢献をした中村正久会員の功績は、日本動物学会学会賞にふさわしいと判断した。

受賞者要旨

 私の研究に使用した動物は、マウス、アフリカツメガエル、メダカ、線虫などのモデル動物ではありません。赴任した広島大学・両生類研究施設で素晴らしい動物に巡り会いました。野生種のツチガエルです。このカエルは、同種でありながら2つの性決定様式(XY型とZW型)をもちます。東日本と西日本集団は、動原体の位置が異なりますが性染色体が雌雄同形のXY型、中央日本集団は雌雄異形のXY型、北日本集団は雌雄異形のZW型です。ツチガエルには性染色体の形状が異なる4つの地方集団が存在するのです。私は、同種でなぜ、多様な性染色体をもつのかということに興味を持ちました。また、このカエルはステロイドホルモンで性が比較的簡単に雄から雌、或はその逆に変わります。従って、雌雄生殖腺の分化の仕組みを知るには最適の動物です。このような特徴をもつ脊椎動物は他にありません。私は、両生類の性決定と生殖腺分化の仕組みを研究する動物としてツチガエルを選びました。しかし、両生類を研究に使用した経験がなく、野生種の繁殖期間はわずか2ヶ月、更に、研究材料の特性を知る必要があり、研究が軌道に乗るまでに多くの時間を要しました。

 野生動物を研究材料に用いる研究者の方はどなたも経験されると思いますが、ツチガエルも同様、分子レベルの情報は皆無でした。そこで、生殖腺分化に関わると思われるステロイドホルモン合成系酵素遺伝子およびその他の遺伝子など多くの遺伝子を単離しました。両生類で初めて単離した多くの遺伝子が含まれています。その中で、アンドロゲン受容体(AR)遺伝子とステロイドホルモン合成酵素遺伝子 CYP17がツチガエル未分化生殖腺の雄化に深く関わることが分かりました。哺乳類や魚類の生殖腺の雄化にはこれらの遺伝子は関与しません。また、分化過程の雌雄生殖腺にステロイドホルモン合成酵素系遺伝子の発現があり、蛋白質レベルでも酵素活性があることを確認しました。更に、Sox3がエストロゲン合成に関わるCYP19アロマターゼ遺伝子の転写を促進し、雌化に関わることも明らかにしました。最近、両生類で初めて卵管形成阻害物質(AMH)遺伝子を単離して、AMH遺伝子の発現調節が哺乳類、鳥類及び爬虫類と異なることを報告しました。これらの結果から、ツチガエルの生殖線分化にステロイドホルモンが深く関わっていること、また、脊椎動物の生殖腺分化のしくみは多様であることが分かりました。更に、ツチガエル蛋白質の抗体、例えば、Vasa、AR、CYP17、SF1、Sox9、Dmrt1、Pat1aなどを作製して雌雄生殖腺の詳細な組織解析を行い、ツチガエルにおける生殖腺の性決定時期および発生過程における組織変化も明らかにしました。これらの成果は、ツチガエル遺伝子の単離と抗体の作製を一から始めることで得られたものです。雌雄の未分化生殖腺は形態的に区別がつきません。未分化生殖腺で遺伝子の発現に雌雄差があるかどうかは、生殖腺の性を分子レベルで判別して初めて成り立ちます。私の研究室は、XY型とZW型ツチガエルにおける分子レベルの雌雄判別法を確立しました。

 次に、細胞遺伝学的手法によって、ツチガエルの性染色体には2回の独立した逆位が起きていることが分かりました。FISH法によってY及びW染色体のどこに逆位が起きているかを分子レベルで示しました。両生類で初の成果です。続いて、生殖腺分化に関与すると思われる13の遺伝子のcDNAを用いて染色体マッピングを両生類で初めて行いました。ツチガエルの染色体は26本(n=13)ですから確率的には1つの遺伝子が性染色体にあることになります。幸運にも、3つの遺伝子(AR、SF1、Sox3)が性染色体にあり、しかもARとSF1はW染色体の逆位領域にあることが分かりました。一般的に、逆位(非相同組換え)領域にある遺伝子は退化します。そこで、ARとSF1は退化過程にあるかを明らかにするため、卵核性2倍体発生胚(ZZ、WW胚)を作製してこれらの3つの遺伝子の発現を調べたところ、W染色体のAR遺伝子(W-AR)は殆ど発現しないことが分かりました。即ち、ツチガエルでは性染色体に逆位が起きたことが原因でW-AR遺伝子が退化していたのです。そして、W-ARが発現しないのはW-ARの転写調節領域の塩基配列の変異に起因すること、野生のZZ雄とZW雌胚におけるARの発現比が2:1になることも見つけました。ARの発現比が2:1になることは、ツチガエル性染色体のW-AR遺伝子が退化したことを支持します。ツチガエルでは性決定前から遺伝的雄生殖腺でARが強く発現することから、私は、ツチガエルではW染色体のW-AR遺伝子が退化したことが原因でARの発現に雌雄差(雌1:雄2)が生れた結果、ARが生殖腺の性決定に関わることになったと考えました。哺乳類ではX染色体のAR遺伝子をノックアウトしても表現型は変わりません。脊椎動物で初めての発見です。 

 次の目標はAR遺伝子を導入したトランスゲニックツチガエルを作製して実際にARが生殖腺の雄化に関わることを示すことでした。そこで、野生ZW雌胚にZ-AR遺伝子を導入してARを過剰発現すると、雌は卵巣を形成せず、卵精巣を形成しました。Z-AR遺伝子を導入することによって部分的な性転換が起きたのです。このとき、CYP17とAR遺伝子の発現が精巣レベルと同様に上昇すること、また2つの蛋白質に対する抗体を用いた組織免疫染色法によって蛋白質レベルでも検証しました。更に雌から雄の完全性転換にはアンドロゲンが必要であることも分かりました。ZW型ツチガエルではAR遺伝子が生殖腺の性決定に関わっていたのです。野生種のトランスゲニックカエルの作製は産卵期間が短いことに加えて、良質の人工受精卵を得ることが難しいため、多くの困難を伴いましたが、成功しました。

 最後に、多くの動物はステロイドホルモンで性が転換します。ツチガエルも同様に性転換します。私は、性転換および生殖腺分化のしくみを解明するには従来の2次元解析では不十分で、組織の3次元構築が必要と考えました。そこで、それまで誰も試みていなかった生殖腺の3次元構築に着手し、3年の月日を費やして性転換生殖腺の3次元構築に成功しました。この手法によって性転換組織の内部構造を多角的に観察することができ、生殖腺と腎臓を結ぶ生殖腺間膜が性転換には非常に重要であるなど、多くの情報が得られました。3次元構築は他の脊椎動物の生殖腺分化のしくみを解明する上で大きく役立つと思います。

  以上、野生種を用いて両生類の生殖腺分化のしくみについて研究を進めました。研究では、多くの困難とそれを克服した時の喜びを知ることができました。私の研究に協力して下さった多くの研究者および大学院・学部の学生の皆さんのお陰です。

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