平成27年度日本動物学会奨励賞の選考を終えて

本賞の全8名の応募者は、選考規程にある「活発な研究活動を行い将来の進歩発展が強く期待される若手研究者」の条件を満たしており、高い水準での選考と なった。応募者の研究内容、研究業績、将来の発展性について詳細に審議した結果、以下2名(五十音順)を理事会に推薦することとした。


日本動物学会・学会賞等選考委員会
委員長 浅見崇比呂

平成27年度日本動物学会奨励賞

佐藤 伸(さとう あきら)
岡山大学 異分野融合先端研究コア・准教授
研究テーマ「四肢再生における神経因子の研究」

推薦理由

佐藤伸会員は、一貫して両生類の四肢を対象として脊椎動物の器官再生の分子メカニズムについて精力的な研究を展開している。四肢再生における骨、腱や筋肉 など組織再生に関する研究、筋衛星細胞の再生能に関する研究は特筆に価する。四肢再生における神経因子の研究成果は顕著であり、佐藤会員は両生類の過剰肢 付加モデル系というユニークな四肢再生実験系を用いて、両生類の四肢再生に必須の神経分泌因子がFGFとBMPであることを明らかにした。四肢再生を引き 起こす神経因子の同定は、哺乳類のような四肢を再生できない動物での四肢再生誘導にとって極めて重要な発見である。器官再生における古典的な興味深い現象 を分子レベルで明らかにしてきた佐藤会員の研究は高く評価することができ将来の発展も大いに期待される。

受賞者要旨

「有尾両生類は失った手足を元通りに再生することができる。」何百回と繰り返し書いてきた序文の一文である。もはや何の違和感を持たないが、子供たちにこの一文を言うと、自身が久しく忘れていた感動とともにキラキラした興味を引出せることが少なくない。子供心にも単純に「面白い」現象だからであると確信している。私たちの研究の未熟さを補完してくれるほどの面白さを持つ現象を喧伝できる絶好の機会を得たと思い、両生類における四肢再生研究の一部ご紹介させていただきたく。

 イモリやメキシコサラマンダー(通称ウーパールーパー)は非常に高い器官再生能力を持つ。四肢をはじめ、尻尾、鰓、心臓、脳などに大規模な損傷を与えても元のように機能する構造を再生することができる。もちろんこのような能力は我々ヒトなどには観察されない。再生できる動物の再生過程においては、再生芽と呼ばれる特殊な構造を観察することができる。反対に、再生できない動物は再生芽を損傷後に誘導することができない。つまり、損傷後における再生芽の形成能力の有無は、再生能力の有無に直結した問題として考える事ができる。この再生芽の誘導に「神経」が重要な役割を果たしている事は非常に古くから報告されている。両生類の四肢再生においては、切断前に神経を除いておくと再生芽の形成が起こらず、再生できないヒトと似たような(同じではない)切断部の修復が起こる。この実験結果から神経から何らかの物質が放出され単純な修復反応に代えて、再生芽の誘導反応に転換させている事が示唆されてきた。よって、神経因子の特定が再生可能動物の持つ高い器官再生能力を理解する上の重要なカギになっている。

図1:過剰肢付加モデルで得られる表現型。左上腕部に過剰肢の形成を観察できる。

 神経から放出され、四肢再生芽の誘導を支配する「再生誘導物質」を特定するために従来の実験系とは一線を画す実験系が、現愛知学院大の遠藤先生を中心に構築された(Endo et al., 2004,Dev. Biol.)。この実験系は、得られる表現型から「過剰肢付加モデル」と呼んでいるものである(図1)詳細は割愛するが、過剰肢付加モデルを使用することで数ある四肢の構成組織から、四肢再生誘導に必要な組織(器官)を神経と皮膚という二つに絞る事ができる。対象を最小限に絞る事で、複数組織を相手することなく解析の複雑さを下げることができる。皮膚の損傷だけでは皮膚の修復に終わる。しかし、皮膚損傷に加えて神経を与えることで皮膚修復反応を四肢再生反応へと転換させることができる(Satoh et al., 2008, Dev. Growth and Diff.。この実験系を使用して、神経の代わりに皮膚修復を再生反応に転換できる因子を探索した。初めに、再生開始期に起こる神経と損傷皮膚の関係性を明らかにし、その特性から神経因子の推定を行う事にした。再生開始初期に神経と上皮の接触による再生特異的上皮の誘導(Satoh et al., 2008, Dev. Biol.)とその特徴(Satohet al., 2012, Dev. Biol.)、そこから考えられる再生特異的環境の形成(Makanae et al., 2012, Anat. Rec.)などの初期におこるイベントの多くを明らかにした(HP業績欄参照)。推定される再生特異的環境の仮説に沿って研究を進め、神経に発現し、再生芽の誘導に寄与するFGF2+FGF8を特定する事ができた(Satoh et al., 2011, Dev. Biol.)。ただし、皮膚損傷に加えてFGF2+FGF8の入力だけでは完全な再生を誘導できないことも合わせて明らかになった。完全な再生誘導をめざし、研究を進めBMP2(もしくはBMP7)+FGF2+FGF8の3因子によって、皮膚損傷から過剰な四肢を形成させうることができる事を発見した(Makanae et al., 2013, 2014, Dev. Biol.)。これらの因子は神経に発現していることも確認している。今後は、神経特異的にこれらの因子の機能を停止させることで神経因子として確定させることができると考えているが、遺伝子改変技術が難しい有尾両生類ではいましばらくの時間がかかりそうである。少なくとも、これらの発見によって神経の代替ができる「再生誘導物質」を特定するという目的は果たせたと考えている。

 再生誘導物質の特定の後には大きく二つの展開が考えられ、一つはBMPとFGFが利用するSignaling Cascadesの詳細を明らかにする事。もう一つは、ヒトを目指した他動物への応用だろう。他動物への応用と言う事では、すでに上記の「再生誘導物質」がメキシコサラマンダーだけではなく、イモリ、アフリカツメガエルにおいても効果を発揮できることを確認している(Makanae et al., 2014, Dev. Biol.,Satoh et al., 2015, Dev. Growth and Diff.)。よって、我々の発見が単に単一種における再生誘導因子と言う物ではなく、多様な動物に応用できる汎用性を備えている可能性と提示するものと考えている。今後ヒトなども含めた様々な動物への応用を視野に研究を展開して行く予定である。

図2:アフリカツメガエル成体における四肢再生。(A)アフリカツメガエル。(B1)切断前。(B2)切断後2か月程度経過したときに観察される再生体。(B3)過剰肢付加モデルを使用して再生能力を向上させたときに観察される再生体。

再生芽の誘導ができれば再生不能状態は解除できるのか? 個人的には、アフリカツメガエルの四肢再生研究によってこの甘美な幻想は徹底的に潰されてきた。アフリカツメガエルは、半再生可能動物ともいうべき再生能力を有する。詳細は書籍「四肢の形成機構(ISBN4-901493-37-X)」等を参照していただきたい。アフリカツメガエルの成体は四肢切断後、図2—B2のような不完全ではあるが再生反応を観察することができる。この一連の再生過程において再生芽は形成され、神経による支配を受けている。この事は、アフリカツメガエルにおいてもメキシコサラマンダーと同じ、もしくは非常によく似た神経因子による制御がある事を示唆する。実際、過剰肢モデルを使用した研究で同様の支配機構と因子の発現を確認している(Mitogawa et al., 2014, Reg., Satoh et al., 2015, Dev. Growth and Diff.)。再生芽誘導の後に引き続いて起こる「形態形成」のプロセスに起因すると考えられる形態形成不全がアフリカツメガエル四肢再生で起こる(図2—B2)。つまり、再生芽形成が起こっても正しく形態を再生させるためにはもう一段の制御を考える必要があるという事を示唆している。アフリカツメガエルの四肢再生における形態形成不全の改善は私の学生時代からの一貫した研究目的の一つである。ようやく最近になって、上記再生誘導因子の同定から研究を展開してゆく中で、アフリカツメガエルにおける四肢再生の形態形成異常の改善についても切欠を掴むことができた気がしている(図2—B3)。再生芽の形成とそれに引き続いて起こる正しい形態形成までをアフリカツメガエルで実現し、再生不能動物における四肢再生という「妄想」に近づきたいと考えている。


中野裕昭(なかの ひろあき)
筑波大学下田臨海実験センター・准教授
研究テーマ「非モデル海産動物の生活史に関する進化発生学的研究」

推薦理由

中野裕昭会員は多様な海洋動物の生態調査と採集を行い、その中から進化上重要な位置を占める動物の飼育を確立し、発生過程を解明することにより、進化の理 解と、動物学の研究範囲をより広げることに貢献している。特に、棘皮動物の中で最も祖先型形質を保持するウミユリの初期発生の研究は、棘皮動物と半索動物 の祖先がディプリュールラ型幼生を有していたとする仮説を裏付ける重要な発見をもたらした。1949年に記載されて以来、ほとんど研究がなかった珍渦虫を 安定的に採集する方法と飼育方法を確立し、発生過程を世界で初めて報告した。新口動物の内群の内、最も単純な形態をもつ珍渦虫は、新口動物の進化の理解に 貢献すると期待される。更には、1883年に報告されて以来、ほとんど研究がなかった平板動物の採集方法と飼育方法を確立した。平板動物は、現生の自由生 活性の動物の中では最も単純であり、発生を観察することができれば、祖先型動物の進化の研究に貢献すると期待される。中野会員のこれまでの研究は、動物学 にとってきわめて重要であり、将来の発展が大きく期待できる。

受賞者要旨

 私はこれまで、研究のほとんど進んでいない珍しい海産動物の採集・飼育系の開発、初期発生の観察などの基礎的な実験を通じて、これらの動物の進化発生学的研究や、後生動物の系統進化に関する研究に取り組んできた。

 有柄ウミユリ類は、一見植物に似た形をもつことから名付けられた棘皮動物である。系統学的にも形態学的にも棘皮動物や新口動物の進化を考える上で非常に重要な動物群であるが、その現生種のほとんどが深海性であるため生きた個体の研究はほとんどなく、1864年に初めて採取されて以降、その発生過程は報告がなかった。私は岸近く水深100m程度で採集可能な有柄ウミユリ類の一種、トリノアシを用いて、世界で初めて有柄ウミユリ類の発生過程の観察に成功した。この研究により有柄ウミユリ類は2種類の幼生を経る発生過程をとることが判明し、この発生様式が棘皮動物門にとって祖先的であることが示唆された。また、この結果は水腔動物群(棘皮動物と半索動物)の祖先がディプリュールラ型幼生を有していたとする仮説に支持を与えた。

 珍渦虫は1−2cm前後の海産動物で表皮が消化腔を包むだけの袋状の構造をしている。中枢神経系や生殖器官、体腔や肛門など左右相称動物にみられる主要な器官をほとんど欠き、この単純な体制のためその系統学的位置は長いあいだ謎とされてきた。私は新口動物の大規模な分子系統解析プロジェクトに参加し、珍渦虫は新口動物内で新しい門、「珍無腸動物門」に属すると報告した。また、珍渦虫は1878年に初めて採集され、1949年に科学的に記載されたものの、その発生過程の報告はなかった。私は珍渦虫の安定した採集法、及び長期飼育法を開発し、世界初の珍渦虫幼生の観察に成功した。珍渦虫の幼生は非常に単純な体制をしており、新口動物や後生動物全体の共通祖先もこのような単純な幼生を有していた可能性が示唆された。

 平板動物は直径1mm前後の海産動物であり、非常に単純な体制をもつ動物である。 背腹軸はあるものの前後軸はなく、器官や組織を欠き、神経細胞や筋肉細胞ももたず、現生の自由生活性の動物としてはもっとも単純な体制をもつと言える。1883年に初めて成体が報告されたが、現在でも卵割期以降の発生過程は報告されていない。私は安定した採集方法を開発し、調査を行った日本の6カ所すべてにおいて平板動物の採集に成功した。冬期にも採集に成功しており、一年中日本各地に平板動物が生息していることが示唆されたとともに、熱帯から亜熱帯性と考えられてきた平板動物が、北太平洋をはじめ世界中の温帯や亜寒帯の海域にも生息する可能性が示された。日本産平板動物を用いた研究から、発生過程など未だに多く残る謎の解明が大きく進むことが期待される。

 2013年から私はJAMBIO沿岸生物合同調査を統括している。全国の研究者とともに、沿岸域の動物相の調査、及び研究の進んでいない海産動物の探索・採集を行っており、2015年には相模湾とその周辺海域から約50種の未記載種の発見を報告した。

 私は、このように一貫して奇妙な、マイナーな海産動物の研究を続けている。採集・飼育法の開発や繁殖時期の推定など基礎的な実験を重ねることで、有柄ウミユリ類と珍渦虫に関しては130年以上に渡って謎であった発生過程の観察に成功している。今後も、系統学的・進化学的に重要ながら、研究の進んでいない種の探索、採集・飼育法の開発、発生過程の観察などの基礎的な実験に積極的に取り組むことで、後生動物の祖先や進化過程に関してインパクトを与える、成果のわかりやすい、おもしろく新しい発見を重ねていきたいと考えている。

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