新しい教養のための生物学(改訂版) 書評
赤坂 甲治 著、裳華房、2023年11月,164頁,本体2400円(税別)
本書は、分子を切り口として生物のさまざまな現象についてシンプルに解説なされており、時には最先端の内容や発展的な内容も組み合わされ、充実した一冊となっている。多くの生物学を志す大学学部生にとって有用な内容であることは間違えなく(前書きによると、実際多くの大学で教科書として採用されている)、一度大学で生物学を履修した方が再度復習として本書を読むのも非常に良いと思われる。
第一章は、生体を構成する分子と題し、水やタンパク質、脂質、糖質、核酸、無機物に関して生体との関わりという観点から紹介されている。第二章は、タンパク質に焦点が当てられ、立体構造をキーワードにタンパク質が生命活動の基本的な役割を担っていることが解説されている。第三章では、真核細胞と原核細胞の構造、特に細胞小器官の紹介がなされている。第四章では、酵素の働きについて、特に基質特異性やフィードバック調節という最重要項目についての解説がなされている。第五章では、代謝について、ATPの説明から始まり、呼吸と発酵、光合成、窒素同化の解説がなされている。第六章では、細胞間の物質移動(能動輸送や受動輸送など)、細胞骨格や細胞接着について述べられている。第七章では体細胞分裂の過程や細胞周期、チェックポイントの解説がなされている。第八章ではDNA複製から遺伝子のシス転写調節、クロマチンによる転写調節が解説されている。第九章では、遺伝子クローニング法やシーケンス法、遺伝子導入法、ゲノム編集技術に焦点があてられており、最先端の内容にも触れられている。第十章では、生殖様式の簡単な説明から配偶子形成、減数分裂、連鎖や乗換えの解説が端的に紹介されている。第十一章では、発生と題し、特に初期発生や細胞分化(非対称分裂や誘導、モルフォゲン勾配など)、ホメオティック遺伝子が重点的に紹介されている。第十二章は、「恒常性」をテーマとし非常に充実した内容になっている。血液循環、肝臓や腎臓の働きの解説や自律神経系、内分泌系、体温調節、血糖濃度の調節といったホメオスタシスの説明がなされたあと、免疫系の解説が続き、自然免疫と獲得免疫の詳細な説明がなされている。最後には遺伝子修復機構の解説も付与されている。第十三章では、視覚や神経伝達、筋収縮、また植物の屈性や花芽形成、休眠や発芽にも触れられている。第十四章では植生の遷移や物質循環、個体間相互作用などが紹介されている。最終章である第十五章では「生物の系統分類と進化」と題し、非常にシンプルに重要な概念(分類の階層、変異と進化、種分化)が紹介されている。
本書の題名は「新しい教養のための生物学」となっているが、実際は分子生物学が主な内容といえる。これはおそらく著者の専門分野が発生生物学であることに起因するだろう。実際、「遺伝子」「発生」の章はかなり充実した内容である。とはいえ生態学や進化学に関する内容も14章と15章で軽く触れられている。ちなみに私が専門とする行動学は章として採用されていなかった。このように内容の偏りがあるにせよ、ここまでコンパクトにまとめられ、かつ低価格である本書は非常に価値のある本だといえる。
左倉 和喜(基礎生物学研究所 進化発生研究部門)